コラム

死者2万人に迫るリビア大洪水「決壊したダムは20年以上メンテされてなかった」

2023年09月20日(水)13時10分

こうしたなか、リビア復興のための国際的支援の一環としてデルナの再開発もスタートし、隣国エジプトの企業などによる建設ラッシュも一部にみられた(デルナ大洪水では出稼ぎに来ていた数百人のエジプト人労働者も行方不明になっている)。

その影で、住民生活の基本となるインフラの維持・管理はおざなりにされてきたのだ。

デルナ大洪水での救助活動について、二つの政府は珍しく協力する態勢をとっている。

しかし、リビア出身でアメリカなどを拠点に活動するフリージャーナリストのアル・ハッサンは「二つの政府はどちらも汚職が横行していた点で共通し、公職にある者が誰もダムに注意を払ってこなかった」、「全員辞職すべきだ」と強調する。

破たん国家への人道支援

デルナ大洪水を受け、国連は1,000万ドル、世界保健機関は200万ドルなど、国際機関はいち早く支援を決定し、ヨーロッパ各国も支援物資の提供や救助隊の派遣などを開始した。

これと並行して目立つのが、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなどの周辺国による支援だ。

このうち、例えばトルコはすでに148人の緊急医療チームを派遣した。これに対して、ヨーロッパ各国のうち救助隊員を最も多く派遣した国の一つはフランスだが、それでも40人ほどだ。

また、UAEは16日までに食糧、簡易住居、医薬品など450トン相当を送り、96人の救助隊を派遣している。

周辺国の支援が目立つのは「ムスリム同士の助け合い」というイメージで語られやすい。

ただし、そこにはリビアへのただならない熱意がうかがえる。二つの政府が並び立つリビアで、これまでトルコは西部トリポリの暫定政権を、UAEやエジプトは東部ベンガジのLNAを、それぞれ支援し、兵員派遣を含む数多くの軍事援助を提供してきたからだ。

リビアは破たん国家だが、その一方では大産油国であり、BPによると2021年の原油産出量は5,960万トンで、これはアフリカ大陸第二の規模である。

これまで二つの政府のそれぞれに肩入れした軍事支援でリビア進出を競ってきた周辺国は、今度は人道支援で競っているといえるだろう。

ただし、リビアが破たん国家の様相を呈していることを考えれば、これまで二つの政府のそれぞれの中枢と深く結びついてきた国の援助が、本当に援助を必要とする人々の手に届くかは楽観できない。

もっとも、それはトルコやUAE以外の国が行う援助でも同じことである。人道支援といってもその国の政府の実質的な協力がなければ高い効果は見込めないのだから。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=上昇、相互関税発表にらみ値動きの荒い

ビジネス

NY外為市場=ドル/円上昇、対ユーロでは下落 米相

ワールド

トランプ米大統領、「相互関税」を発表 日本の税率2

ワールド

イラン外務次官、核開発計画巡る交渉でロシアと協議 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 10
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story