コラム

仏マクロン政権の責任転嫁「大暴動は若者の親とSNSとTVゲームのせい」

2023年07月12日(水)18時25分

さらに決定的だったのは、マクロンが「SNS遮断」を示唆したことだった。

これはデモや暴動に参加する若者がTikTokなどで情報をやりとりしていることを念頭に置いたものだが、「権威主義的」と反発を招き、野党議員から「SNS遮断?中国、イラン、北朝鮮みたいに?」といった批判が相次いだ。

これを受けてフランス政府は「大統領は全面的な遮断ではなく、必要に応じて一時的に停止する場合の法的根拠などについて検討している」と釈明に追われた。

欧州屈指のヘイトクライム増加率

政治活動や差別反対の名の下の暴力や略奪が認められるべきでないことは確かだ。また、緊急事態宣言を発動しないままに暴動やデモの拡大を抑え込もうとするなら、「デモ禁止」や「SNS遮断」には一定の合理性があるかもしれない。

とはいえ、マクロンの言動は「責任転嫁」と言われても仕方ない。暴動や差別反対デモは、マクロン政権下の右傾化に対する反動といえるからだ。

マクロン政権が発足した2017年から2021年までの間に、フランスではヘイトクライムがおよそ2.3倍に増えた。発生件数そのものではイギリスやドイツより少ないものの、増加率でフランスはヨーロッパ屈指のレベルにある。

mutsuji230712_france.jpg

それ以前から外国人嫌悪は高まっていたが、この時期にヘイトクライムが急増した大きな要因としては、マクロン政権による反移民的とりわけ反ムスリム的な政策も無視できない。

例えば、フランスでは2020年10月、イスラームの預言者ムハンマドを揶揄するイラストを用いた授業を行なっていた学校教師が殺害されたが、この際にマクロンはムスリム系市民やイスラーム諸国からの反発をよそに「表現の自由」を全面的に尊重すると強調した。

また、2021年2月には学校教育の場でそれまで免除されていたムスリム女子の水泳授業を強制する法案の審議が始まり、2022年5月、女子サッカーでムスリム選手のスカーフ着用が禁じられた。

2017年大統領選挙で勝利したマクロンはもともと「右派でも左派でもない」ことを売りに登場した。しかし、大統領就任後に極右的な言動が鮮明になったのは、一種の政治戦術とみられる。

マクロンの最大の政敵は2017年、そして昨年の大統領選挙で立ちはだかった極右政党、国民連合のマリーヌ・ルペン党首だ。つまり、マクロンの右傾化には極右政党の支持基盤を切り崩す目的があったといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story