コラム

ケニアとEUの経済連携協定締結は「アフリカ争奪戦」の趨勢を変える?

2023年07月07日(金)21時00分
ルト大統領

国際金融会議のためフランスを訪問したルト大統領(6月22日) LUDOVIC MARIN/Pool via REUTERS

<今回の経済連携協定(EPA)には、アフリカ諸国にとって対中貿易にない利点が含まれているが>


・先進国と中ロのアフリカ争奪戦が激しくなるなか、ケニアはEUと経済連携協定を結んだ。

・岸田首相が5月に訪問したように、ケニアはアフリカのなかでも先進国よりの立場が目立つ。

・しかし、こうしたケニアの動きに多くのアフリカ諸国がいますぐ追随することは想定しにくい。

こうした論調が受け入れられにくいことを百も承知であえていえば、先進国がアフリカ争奪で巻き返せるかは、中ロを批判するよりむしろ先進国自身を振り返ることの方が重要といえる。

アフリカ-EU貿易の拠点

ケニア政府は6月19日、EUとの間でEPA(経済連携協定)締結に合意した。ウィリアム・ルト大統領は「国内事業者に大きな利益をもたらす...ケニアは東アフリカでEU貿易の拠点になる」と意義を強調した。

EPAはモノの自由な取引だけでなく投資など幅広い分野での協力を促し、経済交流を深める。

今回の合意はケニアに、約5億人を抱えるEU市場に無関税、無枠(=上限なしの無制限に輸出できる)での輸出を保障するものだ。

ケニアの主な輸出品は茶葉、コーヒー豆、生花、豆類などだが、その約70%はヨーロッパ向けで、輸出額は2022年段階で約13億ドルにのぼる。

一方、ケニアもEUから主に機械など工業製品を輸入しているが、その関税は段階的に引き下げられる。ただし、国内産業に壊滅的な打撃を与える懸念がある場合、輸入を一時的に止めるセーフガードが認められている。

さらにこの合意では、インフラ整備、人材育成、農作物をヨーロッパの規格に適応させるための技術協力など、ケニアの貿易を活発化させるための協力も約束された。

対中貿易にない魅力とは

このEPA締結には、アフリカにおける先進国の巻き返しという側面がある。

アフリカでは近年、中国が「一帯一路」構想のもとで経済協力を加速させ、ロシアが軍事協力をテコに影響力を拡大させてきた。昨年3月2日の国連総会で、アメリカなどが提案した対ロシア非難決議にアフリカの約半数の国が賛成しなかったことは、この地における先進国の影響力の低下を印象づけた。

こうした背景のもと、先進国はアフリカ各国への働きかけを強化してきた。その観点から今回のEPAが重要なのは、アフリカにとって対中貿易にない利点を含んでいることだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story