コラム

忘れられたミャンマーの人道危機──市民を標的にした攻撃の発生件数はウクライナと大差なし

2023年05月23日(火)14時15分
ウィンテットウー選手

軍事政権に抗議し東京五輪をボイコットしたウィンテットウー選手(5月3日、豪メルボルン) Sandra Sanders-REUTERS

<市街地を焼き払うミャンマー軍の焦土作戦──その狙いとは>


・ミャンマーでは2021年から内戦が激化していて、軍事政権は反対派の市民を意図的に攻撃しているとみられる。

・市街地を標的にした攻撃は昨年だけで2703件に及び、これはウクライナに近い水準にある。

・自国の一部を焼き払うようなミャンマー軍の焦土作戦は、外部からの支援によって加速している。

ミャンマーの内戦は世界からほとんど忘れられているが、市民を狙った攻撃の発生件数ではウクライナと大差ないレベルにある。

市民を狙った執拗な攻撃

アル・ジャズイーラは5月12日、ミャンマー中部コネ・ヤワール村周辺の航空写真を掲載した。2020年11月と2023年3月を比較すると、あったはずの住居や農耕地がなくなったり、焼かれたりしたあとがよく分かる。

アル・ジャズイーラの取材に応じた村民は「2月末に政府軍の兵士がきて、1000人いた村人はほとんど殺された」「600軒ほどあった家屋はほとんど破壊された」と証言している。

こうした市民の居住地を狙った徹底的な破壊はミャンマー各地で発生している。中部サガイン州では4月上旬、ロシア製軍用ヘリMi-35の機関銃掃射で50人以上が殺害された。

アメリカのシンクタンクACLED(Armed Conflict Location & Event Data)によると、ミャンマーでは2022年だけで、市民を標的にした「政治的暴力」が2703件発生した。ちなみに、ウクライナでは2993件だった。

これに対して2022年の民間人の犠牲者数には大きな差があり、ウクライナでは4849人、ミャンマーでは2733人だった。

この差はロシア軍の兵器の破壊力の大きさを示すものだが、ミャンマーでは一回あたりの犠牲者がウクライナより少ないとはいえ、市民を標的にした攻撃が執拗に発生していることがうかがえる。

クーデタから内戦へ

「忘れられた人道危機」ミャンマー内戦のきっかけは、2021年2月のクーデタだった。軍が蜂起し、アウン・サン・スー・チー率いる政権が打倒されたのだ。

2020年11月の選挙で発足したばかりだった新政権は、国政に大きな影響力をもつ軍の改革を行うとみられていた。これは軍に、既得権が脅かされるという危機感を招いていたのである。

クーデタで実権を掌握した軍は非常事態を宣言して憲法を停止し、スー・チーら政府要人の多くを逮捕したうえ、根拠の疑わしい容疑で裁判にかけて投獄した。

これに対して、抗議デモが各地で発生した。コロナ感染拡大をきっかけに生活苦が広がっていたことが、これに拍車をかけた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story