コラム

プーチンの「静かな動員」とは──ロシア国民の身代わりにされる外国人

2023年03月07日(火)17時30分

昨年9月にロシア政府は、30万人を徴兵できる「部分的動員」を発令したが、同じような動員令を再び発出することは難しいとみられる(1月の軍制改革は「職業軍人の増員」であって市民の動員とは異なる)。国民の反発があまりに強いからだ。

それをうかがわせるのが、その直後の2月1日に公開された動画だ。ロシア政府が公開したこの動画では、軍高官がプーチンに「9000人が'違法に'徴兵された」と報告・謝罪する様子が流された。

この動画では、部分的動員そのものが間違っていたとはいっておらず、あくまで手続に問題があったといっているに過ぎない。また、SNSなどでの政権批判に対する取り締まりは、むしろエスカレートしている。

それでも、「あの」ロシア政府・軍が自ら失策を認めたことは示唆的だ。戦争に駆り出されることへの批判や不満がそれだけ国民の間に充満し、ロシア政府がこれに強い危機感を抱いていることをうかがわせるからである。

国民の不満を買わない兵力増強

もともとロシアでは保守派を中心に「部分的動員」ではなく「総動員」を求める声も大きかった。

しかし、国民全てを問答無用で戦争に駆り立てる政治的リスクは高い。1916年のロシア革命は、第一次世界大戦で経済が疲弊し、生活が困窮したことへの不満を大きな背景にしていた。

だからこそ、プーチンは部分的動員でお茶を濁したといえる。

それでも、部分的動員を受けてロシアでは抗議デモが加速しただけでなく、徴兵対象の20~30歳代男性を中心に数十万人が出国した。

いかなる「独裁者」も国内の支持を失って戦争を続けることはできない。異例ともいえる動画の公開は、「ロシア国民の不満を無視していない」というプーチン政権のメッセージといえる。

その一方で、ウクライナでの戦闘を続けるため、ロシア政府は兵員を確保する必要がある。そのなかで、国民の不満をできるだけ買わないで徴兵できる対象は限られてくる。

これまでロシアでは刑務所に収監されている受刑者がリクルートされてきたが、ワグネルは2月初旬、その中止を発表した。

特赦を条件に凶悪犯を戦場に送り出すことはもちろん、正規軍兵士の犠牲を減らすため「受刑者あがり」ほど不利な戦場に回す手法が、内外の悪評を買ったためとみられる。

その理由はともあれ、受刑者という「手駒」がなくなった以上、やはり一般の国民から不満を招きにくい人間としての外国人に、プーチン政権がこれまで以上に目を向けたとしても不思議ではない。

公式に不満が出にくい者を戦争に駆り立てる手法を、アメリカの戦争研究所は「静かな動員」と呼ぶ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story