コラム

大地震後トルコで広がる外国人ヘイトと暴力──標的にされるシリア難民

2023年02月17日(金)15時30分

大地震以前からの確執

シリア難民に対するヘイトの拡散は、地震発生以前からの延長線上にある問題だ。

2011年からの内戦を逃れたシリア難民は660万人以上とみられるが、そのうち360万人は隣国トルコが受け入れている。

2014年に大挙してヨーロッパにまで押し寄せたことで、シリア難民の問題は一躍関心を集めた。しかし、それはヨーロッパで外国人排斥を叫ぶ極右の台頭をそれまで以上に後押しした結果、ヨーロッパ各国は経済協力と引き換えにトルコにシリア難民の一部を移送した。

これもあってトルコはシリア難民の最大の保護国になってきたのだ。

ところが、トルコ政府は昨年、100万人以上の難民を強制的にシリアに送り返す方針を打ち出した。コロナ禍で経済が減速するなか、難民受け入れを見直すべきという声が強くなった結果だった。

いわばもともと政治問題化していた難民の取り扱いが、大地震をきっかけに噴出したといえる。避難所になっていたモスクから追い出されたシリア人女性はイギリスメディアの取材に対して、「モスクはトルコ人優先だと言われた...彼らは私たちを憎んでいる」。

極右の取り締まり

トルコ政府にとって、大地震への対応に加えて、沸き起こるシリア人へのヘイトは頭の痛い問題だ。

トルコのエルドアン大統領はこれまで、少数民族クルド人を弾圧するなど強権的な統治を推し進めるのと並行して、トルコ・ナショナリズムを鼓舞してきた。その意味では大地震をきっかけに沸き起こる排外主義にも通じるところがある。

その一方で、シリア人ヘイトを野放しにすれば欧米からの不興をこれまで以上に買うだけでなく、治安の悪化によって一般トルコ人の政権批判をも招きかねない。

こうした背景のもと、エルドアン政権はトルコ・ナショナリズムを鼓舞しながらも極右の取
り締まりに着手せざるを得なくなっている。

2月12日、トルコの検察当局は極右政党「勝利」党首であるU.ヨズダー議員に対する調査を開始した。確たる証拠もないままにシリア人を盗っ人と決めつける発言をしたことが問題視されたのだ。

もともとヨズダーはヨーロッパ極右の影響を受け、それ以前からシリア難民を受け入れたエルドアン政権を批判する急先鋒として台頭していた。エルドアン政権がシリア難民の強制送還に着手したのは、ヨズダーら極右の台頭を受け、その支持者の政権批判を和らげるためだったと見られる。

その意味で、大地震はエルドアン政権にとって、政敵を取り締まるきっかけになったともいえる。

共通の苦難に直面しても争いが絶えないことはコロナ禍に直面した各国でみられた現象だ。大災害に見舞われた国でもそれは同じで、大地震の裏で広がるトルコの政争と憎悪はこれを象徴する。そのなかで最も苦しむのが、最底辺の人々であることもまた国を問わず同じといえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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