コラム

中国がウクライナでの停戦を呼びかけ──その真意はどこにあるか

2022年09月29日(木)11時40分

停戦協議が難航した最大のポイントは、ウクライナ東部ドンバス地方の取り扱いにある。

この地域にはもともとロシア系人が多く、2014年のクリミア危機以降はロシアがウクライナからの分離独立運動をテコ入れしてきた。4月に首都キーウの攻略に失敗して以来、ロシア軍はそれまで以上にドンバス確保に力を入れている。

そのなかで停戦協議を行なえば、ロシア軍の撤退を求めるため、ドンバスの実効支配を認めざるを得ないことになりかねない。

だからこそ、領土不可分を重視するウクライナ政府は4月以降、「停戦協議はロシア軍が全て撤退してから」と強調し、即時停戦に消極的になったのだ。

戦闘の泥沼化を恐れるアメリカをはじめ欧米もしばしば停戦を呼びかけているが、ウクライナ政府はこれも拒絶してきた。欧米からの提案はウクライナ政府には「地政学的な取引をウクライナに強いるもの」と映るとみられる。

逆にロシアは停戦協議が頓挫した後もしばしば交渉再開を口にしているが、これはドンバスの実効支配を既成事実として認めさせたいからといえる。

プーチンに恩を売る習近平

そのため、中国政府が停戦を呼びかけたことは、少なくともウクライナ政府からみてありがたいものではない。

むしろ、このタイミングで停戦を呼びかけることは、ロシアを利する側面さえある。

9月に入って、ハルキウ州の大部分でロシア勢力が駆逐された他、東部ルハンシクの中心都市リシチャンシク郊外もウクライナ側が奪還するなど、ウクライナ東部の実効支配を目指すロシアの方針は揺らぎつつある。

この戦局がプーチンに部分的動員を決断させた一つの要因とみられるが、有利な戦局で停戦協議に持ち込むのが戦争の常道である。だから、これまで東部の実効支配を固めるために停戦協議を口にしてきたロシアが、この状況で停戦をいえるはずはない。

そのなかで停戦をあらためて呼びかけたことは、中国がロシアに恩を売ったことにさえなる。

対米協議の手土産

その一方で、このタイミングで停戦を呼びかけた中国の視線の先にはアメリカがあるとみられる。

王毅外相は9月23日、ニューヨークでアメリカのブリンケン国務長官と会談した。8月に台湾海峡をはさんであらためて対立した両国は、それぞれの言い分を述べた一方で「コミュニケーションの機会を確保すること」には合意した。

その直前にウクライナ停戦を呼びかけたことで中国は、(たとえロシアのウクライナ侵攻を明確に批判はしていなくても)少なくともアメリカと全ての立場が異なるわけではない、という暗黙のメッセージを発したことになる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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