コラム

急速に「破綻国家」に近づくスリランカ 危機の原因、世界への影響は?

2022年05月02日(月)15時25分

しかし、その影ではラージャパクサ一族とその取り巻きが政治・経済を一手に握る構図も生まれた。野党指導者で抗議デモの先頭にも立つハルシャ・デ・シルバ議員によれば、「ラージャパクサ一族は我々の生活のあらゆる側面に、タコのようにその手を伸ばしている...まるでこの国が彼らの王国ででもあるかのように」。

責任も異論も認めない権力者

こうした一族支配は、スリランカの成長を見込んだ海外からの投資や借り入れと、それに基づく景気に支えられていた。しかし、その資金フローが滞った2010年代後半から、スリランカ経済は行き詰まり始めた。

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スリランカでは2019年4月、「イスラーム国(IS)」によるテロがコロンボの高級ホテルで発生し、200人以上の犠牲者が出た。これをきっかけに主力産業である観光にブレーキがかかったため、政府は税率を約30%カットした。

これは購買力と景気の回復が目的だったが、それと入れ違いに当然のように税収は低下し、国民生活への支援は難しくなった。

この税率カットに関して、コロンボにあるベリテ研究所の統括責任者ニシャン・デ・メル博士は「こうした決定は、経済にどんな効果があるかの分析や資料が欠かせないが、そうしたものは一切なかった」と批判する。

場当たり的な税率カットに関しては、先進国なども懸念を示していた。税収減によって、インフラ建設などの目的でスリランカ政府が借り入れていた海外からのローンの返済が難しくなるからだ。

そこに2020年からのコロナ禍と2022年からのウクライナ戦争が追い討ちをかけた。その結果、政府は海外に資金協力を求めたが、これまでのローン返済すら難しくなったスリランカに協力する国が現れないことは不思議でない。

つまり、スリランカ危機に国際的な要因があるとしても、そこには政府の失政も無視できない。

ところが、ラーシャバクサ政権は「経済危機はコロナが原因」と主張して失策を認めず、政府を批判するデモ隊のことは「テロリスト」と決めつけて抑え込もうとしてきた。スリランカ政府が自分の責任や異論を一切認めないことは、かえって市民の怒りを増幅させたことは疑いない。

物流はさらに不安定化しかねない

このスリランカ危機は国際的にはどんな意味があるのか。

まず、国際流通網への影響が懸念される。インド洋の海上ルート上にあるスリランカは物流の拠点となっており、世界海運評議会によるとコンテナ取扱量でコロンボは世界25位(日本の京浜地帯が21位)で、南アジア一を誇る。

ただでさえグローバル経済が不透明さを増すなか、インド洋海上ルートの要衝スリランカが破綻国家となれば、国際流通の不安定さに拍車がかかりかねない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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