コラム

恩恵とリスク、トルコの壁... スウェーデンとフィランドのNATO加盟にまつわる5つの基礎知識

2022年05月23日(月)17時30分
NATOのストルテンベルグ事務総長

2カ国の加盟申請書を示すNATOのストルテンベルグ事務総長(2022年5月18日) Johanna Geron-REUTERS

北欧のスウェーデンとフィンランドは北大西洋条約機構(NATO)に加盟を正式に申請した。スウェーデンは1834年から、フィンランドは1948年から、それぞれ中立国だったが、ウクライナ侵攻でロシアの脅威が高まるなか、大きな方針転換に踏み切ったのである。以下ではスウェーデンとフィランドのNATO加盟にまつわる5つの疑問について考える。

1.なぜスウェーデンとフィンランド?

現状でヨーロッパには中立を国是とする国が、スウェーデンとフィンランドの他、アイルランド、オーストリア、スイスの5カ国ある。これらは国外で戦争に関わらない点で共通している一方、いずれも「武装中立国」で、自衛戦争まで否定している国はない。

ところで、これらのうち、なぜスウェーデンとフィンランドが他の3カ国よりいち早くNATO加盟を申請したのだろうか。

mutsuji220523_nato2.jpg

その最大の理由は、ロシアとの距離感にある。スウェーデンはバルト海上で、フィンランドは陸上で、それぞれロシアと国境を接している。また、それぞれ中立国となる前に、ロシア帝国あるいはソビエト連邦と戦火を交えた経験もある。

そのため、ウクライナ侵攻で高まったロシアの脅威への警戒感が、これら2カ国では特に強いといえる。

しかし、これだけではない。スウェーデンとフィンランドは、同じ中立国のなかでも、これまですでにNATO加盟国と緊密に協力してきたことも無視できない。

これら5カ国はいずれもNATO加盟国と周辺国を交えて1994年に発足した「平和のためのパートナーシップ(PfP)」に参加しており、セミナーなどを通じて協力してきた。しかし、NATOとの距離感は国ごとに微妙な違いがある。

このうち、スウェーデンやフィンランドはこれまで戦闘を目的とする任務にこそ参加していないが、それ以外の分野でNATO加盟国と足並みを揃えることは珍しくなかった。

例えば、2021年2月にクーデタが発生したミャンマーなど、人権状況に問題のある国に対して、スウェーデンやフィンランドは他の欧米諸国とともに経済制裁を行うことが多く、ウクライナのクリミア半島を一方的に編入した2014年のクリミア危機でも対ロシア制裁に加わった。

これに対して、17世紀以来の世界最古の中立国であるスイスの場合、こうした外交措置とも距離を置き、クリミア危機でも制裁にほとんど加わらなかった。

つまり、スイスのそれがよりハードな中立であるのに対して、スウェーデンやフィンランドの中立はよりソフトな、あくまで戦闘任務で外国と協力しないことに特化したものだった(アイルランドとオーストリアはいわばこの中間)。この違いは、両国にNATO加盟申請をしやすくしたといえる。

2.NATO加盟で何を期待できるか?

それでは、NATO加盟でスウェーデンやフィンランドは何が期待できるのか。最大のメリットは、ロシアの脅威に単独で立ち向かわなくて済むことだ。

NATOの土台である北大西洋条約(1949年)の第5条では、加盟国が攻撃を受けた場合に集団的自衛権を行使することが定められている。つまり、外敵の脅威に結束して当たることが可能になる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、貿易戦争巡る懸念でも目標達成へ

ワールド

タイ証取、ミャンマー地震で午後の取引停止 31日に

ワールド

ロシア、ウクライナがスジャのガス施設を「事実上破壊

ビジネス

EU、今後5年で5000億ユーロの防衛支出可能=フ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影された「謎の影」にSNS騒然...気になる正体は?
  • 2
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 3
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 4
    地中海は昔、海ではなかった...広大な塩原を「海」に…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    「完全に破壊した」ウクライナ軍参謀本部、戦闘機で…
  • 9
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 10
    「マンモスの毛」を持つマウスを見よ!絶滅種復活は…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 3
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 4
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 8
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 9
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 10
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story