コラム

「国家のため国民が戦う」が当たり前でなくなる日──ウクライナ侵攻の歴史的意味

2022年04月05日(火)16時55分

もともと「国家のため国民が戦う」という考え方は、近代国家が成立するまで一般的でなく、それまでは基本的に戦士階級と傭兵だけが行なうものだった。

「国民主権」の下、国民が名目上国家の主人となったことは、封建的な貴族やキリスト教会の支配から抜け出すことを意味した。だから、国民にとっても、国家のために戦い、国家の一員であることを証明することは、それまでの従属的な立場から解放されるために必要な道だった。

ナポレオン時代のフランス軍が圧倒的な強さを誇った一因は、ほぼ無尽蔵に兵員を供給できる「国民皆兵」のシステムが他のヨーロッパ諸国にまだなかったことにあった。

21世紀的な戦争

しかし、第二次世界大戦後、普通選挙の普及と社会保障の発達もあって、国家の一員であることはむしろ当たり前になった。さらに冷戦終結後、人権意識が発達し、国家に何かを強制されることへの拒絶反応は強くなった。

そのうえ、どの国でも貧困や格差が蔓延し、多くの国民が困窮するなか、そもそも国家に対する信頼や一体感は損なわれている(コロナ対策への拒否反応はその象徴だ)。

その結果、何がなんでも徴兵に応じなければならないという義務感は衰退し、その裏返しで外国人への依存度が高まっている。各国政府にとっても、国民の抵抗が大きい徴兵制を採用して危険な任務を課すより、その意志をもつ外国人を受け入れる方が政治的コストは安くあがる。

こうした見た時、人手不足を外国人で穴埋めする構図は、多くの産業分野と同じく、国防や安全保障でも珍しくないといえる。これは単に「たるんでいる」という話ではなく、世の中全体の変化を反映したものとみた方が良い。

ウクライナ侵攻は土地の奪い合いという極めて古典的な戦争である一方、外国人ぬきに成り立たないという意味で極めて21世紀的な戦争でもあるのだ。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story