コラム

ウクライナ侵攻に落とし所はあるか──ロシアに撤退を促せる条件とは

2022年02月25日(金)15時35分

あえていうなら、欧米や日本は、ロシアがそうであるほど、ウクライナに利益や必要性を見出していない。だから、衝突を回避するという意味では、ウクライナを引き渡すことは合理的なのかもしれない。

しかし、それはNATOの屈服を意味するだけに、少なくとも今すぐにこれを受け入れることは、特にアメリカにとって簡単ではない。

この手詰まりを短期間に打開することは難しく、欧米や日本が有効な手立てを打てなければ、その間にロシア軍は首都キエフを含むウクライナ全土を掌握することも想定される。

ロシアとの交渉があり得る場合

仮にロシアと何らかの落とし所を見つけられるとすれば、それは戦闘が長期化した場合とみられる。

危機のエスカレートを受けて、ウクライナ政府はすでに軍隊を36万人にまで増強する方針を示しているが、ロシア軍は総勢90万人にも及ぶ。ウクライナの軍事予算はロシアの1/10ほどである。

圧倒的な戦力差があることは間違いなく、ロシア軍が本気になればキエフを落とすことも時間の問題かもしれない。

しかし、問題はその後である。

ソ連時代からのロシアを唯一撃退したのは、アフガニスタンだった。1979年にソ連軍の侵攻を受けたアフガニスタンでは、航空機すらもたないゲリラ戦術が奏功し、1988年にソ連軍は撤退に追い込まれた。

同様に、仮にキエフが占領されたとしても、ウクライナの抵抗で事態が泥沼化した場合、ロシアは現在の強気の姿勢を保ちにくくなる(ウクライナ政府は市民に武器を提供し、抗戦を呼びかけている)。

そうなった時、欧米のいずれかの国が仲介することで、ロシアの「名誉ある撤退」と引き換えにウクライナのNATO加盟が将来的にもないと約束できれば、アメリカの体面もそれほど損なわれない。その間、原油価格が下落するなど、ロシア経済に打撃があれば、交渉はさらに進めやすいかもしれない。

もっとも、それは長期に及ぶ戦闘が前提となる。その間、多くの人命が失われることも容易に想像される。それは「第三次世界大戦を起こさせない代償」というには大きすぎるかもしれない。

これよりもっと犠牲が少なく、スムーズに解決できる策があるなら、そちらの方が余程いいことは間違いないが、少なくとも筆者には思いつかない。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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