海外から中国に移送される台湾人──犯罪人引渡し条約の政治利用とは

台南に駐屯する部隊を視察した台湾の蔡英文総統(2021年1月15日) Ann Wang-REUTERS
・海外で逮捕された台湾人が中国に引渡された事例は、すでに600件以上にのぼる。
・これは中国が各国と結んだ犯罪人引渡し条約に基づくものだが、中国政府の「一つの中国」の原則を国際的にアピールする活動の一環といえる。
・しかし、中国に引渡された台湾人が公正な裁判を受けられない懸念から、国連などでもこれに警戒する声があがっている。
中国の人権侵害をめぐる告発は後をたたず、なかには他の国を巻き込んだ、「中国人」以外に対するものも含まれる。
世界に広がる「台湾人狩り」
女子テニスプレーヤーをめぐる人権侵害が注目されるなか、中国の人権侵害をめぐる新たな告発が世界の耳目を集めた。中国の働きかけによって、各国で逮捕された台湾人が中国に移送されているというのだ。
この問題は以前からしばしばとり沙汰されてきたが、人権団体「セーフガード・デフェンダーズ(SD)」が11月30日、まとまった報告書を発表したことで、世界中のメディアの関心を集めた。SDは中国人やアメリカ人の弁護士や人権活動家、台湾人ジャーナリストなどによって構成されるNGOだ。
その発表によると、中国政府の要請を受けた各国政府により、2016年から2019年までの間に少なくとも610人の台湾人が中国本土に強制的に移送されたという。その多くはフィッシング詐欺などの容疑で逮捕された犯罪者だが、台湾にではなく中国に引渡されたとみられている。
その件数が最も多いのはスペインの219人で、これにカンボジア(117人)、フィリピン(79人)、アルメニア(78人)、マレーシア(53人)、ケニア(45人)などが続く。
「国際的な嫌がらせキャンペーン」
中国が犯罪人引渡し条約を結ぶ国は52カ国以上にのぼるが、これまで台湾人の引渡しに応じた国のほとんどは、中国とこの条約を結んでいる。
とはいえ、これが単なる犯罪者の引渡しにとどまらず、政治的な意味をもつことは明らかだ。
「台湾は中国の一部」という中国政府の公式見解からすれば、海外で犯罪を犯した台湾人を犯罪人引渡し条約に基づいて中国が引き受け、中国で裁判にかけることは全く問題ない。むしろそれは中国にとって、引渡した国も中国政府の主張を認めたと暗黙の裡にアピールすることにもなる。
そのため、台湾人引渡しは「台湾独立」を掲げる蔡英文総統が就任した2016年頃から増えており、SDはこれを「国際的な嫌がらせキャンペーン」と表現している。
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