コラム

「愛される中国」を目指す習近平の焦り──「中国が理解されていない」

2021年06月07日(月)14時55分

英BBCの中国特派員スティーブン・マクドネルは、こうしたやり方が中国の国際的評価を下げ、むしろ逆効果という意見が以前から共産党内部にもあったと指摘する。だとすると、「愛される中国」を目指す習近平の方針は、これまでの攻撃的な戦狼外交を多少なりとも改めるきっかけになるかもしれない。

古くて新しい課題

ただし、そうだったとしても、「中国が理解されていない」という焦りや、国際的イメージ改善への取り組みは今に始まったことではない。ああ見えて(というと語弊があるかもしれないが)中国政府は、海外から警戒されることを極度に恐れてきたからだ。

中国を改革・開放に導いたトウ小平は「中国が台頭すれば必ず国際的な警戒を招く」と考え、摩擦を避けながら静かに成長する「平和的発展」を説いた。

実際、トウ小平の指導を受けた胡錦濤国家主席(任2002~2012年)はその任期中、領土問題や国内の人権問題などでは一歩も譲らなかったが、外国政府に常に攻撃的メッセージを発したわけではない。

その一方で、胡錦濤は習近平に先立って2007年、やはり中国に関する情報を海外に発信し、認知度を引き上げる方針を打ち出していた。そこには、映画などコンテンツの輸出、マスメディアを含む文化関連企業の育成、インターネットの発達などが含まれ、中国文化の普及などを通じたソフトパワー(魅力)の向上が目指された。

当時、先進国だけでなく中国の国際的足場である途上国でも台頭する中国への警戒が広がり、さらに北京五輪を控えていたタイミングで、胡錦濤は国際的イメージを向上させる必要があったわけだが、そのソフトパワー戦略は今回の習近平の指示と重なる。

習近平は改革・開放後の中国で初めて、平和的発展を説いたトウ小平の影響を受けていない国家主席である。そのため、これまでの習近平体制に、戦狼外交をはじめ強気一辺倒の姿勢が目立ったことは不思議でない。

しかし、バイデン政権による中国包囲網の形成だけでなく、コロナ禍をきっかけに途上国でも中国不信がこれまで以上に広がったことを受け、中国政府はこれまでの姿勢を改めざるを得なくなったといえる。その意味では、習近平の今回の方針は、中国にとって必ずしも新しいものでない。

「ヨガはカンフーより普及している」

とはいえ、習近平を待ち受けるハードルは高い。中国はインターネットやマスメディアなど情報発信のハードウェアを急速に発達させてきたが、そこで発せられるメッセージの内容、言い換えるとソフトウェアの部分に課題が大きいからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ザポロジエ原発にまた無人機攻撃、ロはウクライナ関与

ビジネス

欧州は生産性向上、中国は消費拡大が成長の課題=IM

ワールド

パレスチナ国連加盟、安保理で否決 米が拒否権行使

ワールド

トランプ氏「ウクライナ存続は米にとって重要」、姿勢
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story