コラム

「恋人」アメリカを繋ぎ止めたいイスラエル──パレスチナで暴走する意図とは

2021年05月18日(火)16時45分

その典型は、2018年5月にイランの軍事施設をイスラエル軍が突如ミサイルで攻撃したことだった。イランはイスラーム諸国のなかでもとりわけ反イスラエルが鮮明な国の一つだ。

これに対して、トランプ政権にも反イランが鮮明だったものの、それでも政権内部には直接衝突に否定的な意見も強かった。そのトランプ政権を試すように、イスラエルは「まさかこの状況で我々を見放すことはないですよね」と言わんばかりに、あえてイランとの衝突に突っ込んだのである。

その結果、トランプ政権は2019年、ほとんど言いがかりに近い「イランの核開発」を理由に、実際には衝突にリスクが大きすぎるのにイラン制裁に踏み切り、翌2020年初頭にはイラン革命防衛隊司令官を爆殺するなど、イスラエルが演出した緊張のエスカレートに乗って行ったのである。

面倒な味方は敵より始末が悪い

こうしてみたとき、意識的に緊張を作り出し、アメリカから譲歩を引き出す手法はイスラエル版「瀬戸際外交」と呼べる。

瀬戸際外交の元祖ともいえる北朝鮮の場合、自分の立場をアメリカに認めさせるために、あえて核・ミサイル開発に向かい、しばしば意図的に緊張を作り出し、それを和らげるためアメリカなどに譲歩を迫ってきた。

一方のイスラエルは、立場こそアメリカの同盟国だが、自分との関係を意識させるため、あえて緊張を高め、アメリカの選択肢を無くそうとする点では北朝鮮と変わらない。むしろ、アメリカにとってイスラエルは、時に敵より始末が悪くなる。

バイデン政権はトランプ政権がほぼ停止していたパレスチナ向け援助を再開するなど、露骨なイスラエル支持ではないが、かといってイスラエルを見放すこともできない。この微妙な立場は、イスラエルがアメリカを試すきっかけになっている。

一方、バイデン政権は中国包囲を目指すうえでウイグル問題やミャンマー問題を積極的に取り上げているが、人権保護や法の支配に明白に反するイスラエルのパレスチナ支配に無言のままでは、あまりにバランスを欠いたものになる。だからこそ、国連安保理でパレスチナ問題を最も熱心に追求している国の一つが中国であることは不思議でない。

子どもの非行に甘い親は社会的信用を失う。恋人の奇行につき合う者は友人を失う。

イスラエルを見捨てることは不可能としても、その首にスズをつけ、暴走を多少なりとも改めさせられるかに、バイデン外交の真価が問われているのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story