コラム

「恋人」アメリカを繋ぎ止めたいイスラエル──パレスチナで暴走する意図とは

2021年05月18日(火)16時45分

ただし、イスラエルがアラブ諸国の圧力にさらされる弱小国から中東屈指の軍事大国に変貌するにつれ、アメリカは甘い顔ばかりできなくなった。イスラエルがパレスチナ問題をめぐって軍事衝突を重ねるほど、同盟国アメリカはその意図に関わらず、つき合わざるを得なくなるからだ。

実際、1973年の第四次中東戦争の緒戦でアラブ側に大きな損害を受けたイスラエルはアメリカに緊急支援を要請したが、当時のキッシンジャー国務長官はわざと支援を遅らせたといわれる。高橋和夫教授によると、キッシンジャーにはすでに軍事大国化していたイスラエルが圧勝すればアラブ諸国が態度をさらに硬化させ、それがひいては中東和平を遠ざけるという判断があった(「アラブとイスラエル パレスチナ問題の構図」)。

ユダヤ人にも批判がある占領政策

こうしたアメリカの態度に拍車をかけたのが、占領政策の悪評だった。

国際法を無視したイスラエルの占領政策に対しては、国連で毎年のように非難決議が出されてきたが、その悪評がとりわけ高まった1980年代以降、欧米では占領政策に協力する企業へのボイコットもしばしば発生するようになった。これに並行して、今やアメリカに暮らすユダヤ人の間でも占領政策に批判的な意見は珍しくなくない。

その結果、アメリカがイスラエルに「待った」をかけることも増えた。例えばオバマ政権は、占領政策が中東和平を損なうとして、その中断をしばしば求めている。

しかし、アメリカからのブレーキはイスラエルに不満だけでなく「アメリカに見捨てられる」不安も高めた。

とはいえ、イスラエルにとって占領の中止は難しい。その大きな理由は、「神がユダヤ人にカナーン(現在のパレスチナ)を与えた」という聖書の記述を重視し、パレスチナとの領土分割に否定的なユダヤ教右派が政権に入っていることにある。

このジレンマのもと、アメリカにその手を離させないようにするため、イスラエルにとっては意図的に緊張を作り出すことが一つの手段となる。つまり、あえて暴走することでアメリカを引っ張り込むという選択であり、親の愛情を信じられない子どもがわざと非行に走って親を困らせるのに似ている。

イスラエルに乗じられたトランプ

それを後押ししたのがトランプ前大統領だった。

近年のアメリカでは、やはり聖書の記述を重視するキリスト教右派が台頭しており、彼らにはイスラエル支持が鮮明である。その支持を集めたかったトランプ政権は、歴代政権のなかでも屈指のイスラエルびいきで、これはイスラエルにとって軍事活動のハードルを低くした。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    自重筋トレの王者「マッスルアップ」とは?...瞬発力…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story