コラム

なぜ11歳の男の子は斬首されたか──アフリカ南部に広がる「資源の呪い」

2021年03月19日(金)18時50分

アフリカ各国の世論調査を行うアフロバロメーターはモザンビークで「資源開発によって誰の利益になっているか」という質問を投げかけているが、これに対してガボ・デルガード州の住民のうち46%が「資源を開発する企業」、20%が「政府・与党」と答えた一方、「全てのモザンビーク人」という回答が11%にとどまったことは、ガス田開発の好景気の恩恵を地元住民がほとんど感じられず、むしろ外資や政府への反感・敵意が広がる状況を示唆する。

これに加えて、警察がテロ対策と称してムスリムに暴行を加えたり、投獄したりしてきたことが、モザンビークで少数派であるムスリムの被差別感情を加熱したという指摘もある。

資源がもたらす副作用

資源の乏しい日本では、資源の産出イコールよいことというイメージが強い。しかし、資源が豊かな国ほど、放漫財政になりやすい、インフレになりやすい、汚職が蔓延りやすい、といった負の面もある。これを一般に「資源の呪い」と呼ぶ。そのなかには資源がもたらす膨大な利益をめぐる暴力や紛争も含まれる。

アフリカでも貧しい部類に属するモザンビークでは、これまで貧困が当たり前だった。人間は他人と自分を比較する生き物であり、いわば皆が貧しいなかでは貧困への不満も起こりにくい。

ところが、ガス田開発で好景気に沸くなか、富める者とそうでない者の識別が鮮明になったばかりか、政府と外資の不透明な関係がより目立ちやすくなった。こうした不満が暴力的な反応を呼び起こしたとすると、アル・シャバーブのイスラーム的な主張は宣伝に過ぎないともいえる。

もちろん、だからといって無関係の民間人への襲撃が許されるわけではない。社会全体への恨みを晴らそうとするテロリストの破壊衝動を満足させるために、11歳の男の子が首を切られなければならない義理は一つもない。

その一方で、社会への憎悪を募らせた過激派を力だけで押さえ込むことが難しいのもまた確かだ。アル・シャバーブに手を焼いたモザンビーク政府は、リビア内戦などでも活動が目立つロシア人傭兵を雇い、その鎮圧に向かっているが、これはイスラーム過激派の敵意をさらに増幅させる効果をもつ。

天然ガスの発見がモザンビークにもたらした副作用はあまりに大きいといえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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