コラム

「中国に対抗できるのはトランプだけ」の勘違い――バイデンの戦略とは

2020年11月09日(月)10時59分

さらにトランプには、ナイジェリアを「肥だめの国」と呼ぶなど差別的な言動が目立った。コロナ禍に直面した中国でもアフリカ人差別は表面化し、アフリカとの外交摩擦に発展したが、アフリカ人の反人種差別意識を刺激した点では、人種差別反対のデモを批判してきたトランプもひけをとらない。

「気に入らない者には制裁を」の短絡

こうしたトランプ外交は、それまでアメリカと良好な関係にあった国でも反感を招いてきた。エチオピアはその典型だ。

エチオピア出身のテドロスWHO事務局長が中国を擁護してきたことから、アメリカだけでなく日本でも「エチオピア=中国の属国」のイメージが先行したが、実際にはエチオピアは常にアメリカなど西側先進国と中国のバランスに苦慮してきた国の一つだ。

近年、経済取引では中国の存在感が圧倒的に大きく、昨年のエチオピア向け投資の約60%が中国からのものだ。その一方で、エチオピアはソマリアやスーダンのテロ対策でアメリカなど欧米に協力してきた、いわば戦略的パートナーでもある。

そのエチオピアに対してアメリカは9月、青ナイル河でのダム建設のために提供を約束していた1億3000万ドルの援助を突如停止した。ダム建設に反対していた下流国エジプトに一方的に肩入れした結果だが、そこには「中国に味方した」エチオピアへの制裁のニュアンスを見出せる。

しかし、アメリカの圧力は、これまで米中の間のバランスに苦慮してきたエチオピアを、中国の側に押しやるものともいえる。実際、突然の援助停止はエチオピアで反米感情を湧き上がらせた。エチオピアのアビー首相は「多くのエチオピア人は裏切られたと感じている」とまで述べている。

トランプには「敵か味方か」の二分法の思考パターンが目立ち、それは支持者を喜ばせてきた反面、敵でも味方でもない者まで敵にしてきたといえる。

背後から刺されないようにすること

バイデンの国際主義は、こうしたトランプ外交の欠点を埋めるものとみられる。それは派手さに欠き、トランプ外交を見慣れた者には物足りないかもしれないが、本来外交はショーマンシップやテレビの視聴率を競うものではない。

バイデンのアフリカ政策はまだはっきりしない部分もあるが、すでに貧困、人口増加、テロなどの援助を増やし、トランプ政権時代には減少していた高官の往来を増やす方針を打ち出している。さらに、バイデンが政権移行チームの幹部に迎えたヨハネス・アブラハム氏がエチオピア系であることは、アフリカで存在感の大きなエチオピアとの関係修復を意図したものとみられる。

こうした細かな積み重ねで中国包囲網を形成しようとした時、バイデンにとって一番の障害になるのは、中国よりむしろ、即座の成果を求める短絡的な世論だろう。そのため、いわば背後から刺されないようにするため、世論をできるだけ鎮静化することも、バイデンにとっては課題となる。

世論を煽って外交を展開し、外交で世論を煽ったトランプと、バイデンはこの点でも対照的になるとみられるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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