コラム

なぜ日本には緊急事態庁がないのか──海外との比較から

2020年03月05日(木)17時25分

記者会見での安倍首相(2019年12月9日) Kim Kyung Hoon-REUTERS


・さまざまな緊急事態にワンストップで対応する専門機関が多くの国にはあるが、日本にはない

・この背景には、「非常時」を大義名分に政府が大きな権限を握ることへの警戒感が日本では強いことがあげられる

・これに加えて、かつての自民党単独長期政権時代に培われた各省庁のタテ割りが強いことも、専門機関の設置を妨げる要因といえる

感染症の拡大や自然災害といったさまざまな緊急事態に対応する専門機関はほとんどの国にあるが、日本にはない。そこには戦後日本の縮図がある。

緊急事態の責任者は誰か

これまで日本では、緊急事態のたびに「役所が何をするか」に力点を置いた特措法は定められてきたが、市民生活を制限する内容については総じて控えめだった。だから、新型コロナの感染が特に目立つ北海道が週末の外出の自粛などを呼びかける異例の「緊急事態宣言」を発した時、政府はいわば後付けで、これに根拠を与える法令の整備に着手せざるを得なかった。

法令に比例して、緊急事態に対応する専門機関も手薄だ。

一応、日本では内閣府の防災担当が都道府県レベルで対応できない緊急事態を所管することになっている。

しかし、ここでは主に地震など自然災害が想定されていて、しかも責任者である防災担当大臣は他の省庁の大臣が兼務することが一般的だ。現在は、国家公安委員会の武田良太委員長が兼務している。

もちろん、新型コロナのような感染症も緊急事態として想定されていないわけではない。

例えば、2012年に新型インフルエンザが流行した際には新型インフルエンザ等特措法に基づき、内閣官房を中心に全閣僚・省庁からなる対策本部が設置された。新型コロナでも、安倍首相を本部長とし、国務大臣をメンバーとする新型コロナウイルス感染症対策本部が立ち上げられている(安倍首相は3月2日、新型コロナに関しても新型インフルエンザ等特措法の対象に加えるよう法律を改正する方針を打ち出した)。

ただし、これらは事態が発生してからの対策で、しかもメンバーである閣僚らは通常業務の合間をぬっての仕事になる。

要するに、日本の危機対応は「コトが発生したら大臣がみんな集まって対策を協議し、ケースバイケースの判断で、必要なら特措法で緊急事態の宣言をできるようにする」というもので、対応が後手に回ったり、誰が責任者なのか分からなかったとしても、不思議ではない。

アメリカの危機管理

これに対して、ほとんどの国では緊急事態に対応する機関があらかじめ設置されている。

なかでも最も有名なのはアメリカの連邦緊急事態管理庁(FEMA)だ。1979年に設立されたFEMA(発音はフィーマ)は、主に地震や山火事といった自然災害に対応してきたが、それだけでなく原子力事故、大規模な暴動、テロ、そして感染症もカバーする。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story