コラム

トランプ「世紀の中東和平案」──パレスチナが拒絶する3つの理由

2020年01月30日(木)19時00分

そのため、統一エルサレムをイスラエルのものと認める国はなかったが、2017年にアメリカはそれまでテルアビブにあった大使館をエルサレムに移転すると発表した

つまり、今回のトランプ案は国連決議に反する内容を、既成事実として認めているのだ。そのため、国連のグテーレス事務総長がトランプ案に反対しているのは不思議ではない。

念のために補足すると、トランプ案ではパレスチナが主権国家として独立することを認めており、その場合には「東エルサレムを首都とする」となっている。しかし、そこでいう東エルサレムとは、パレスチナ側が求める市街地ではなく、郊外を指している。

要するに、この提案はエルサレムをイスラエルのものにすると言っているに等しい

パレスチナ人の土地は返ってこない

第二に、トランプ案で「イスラエル人もパレスチナ人も住居を追われない」と明記されていることだ。

エルサレムの扱いとともに、パレスチナ問題で大きな焦点になってきたのが、国連決議でパレスチナ人のものと定められているヨルダン川西岸地区に移住してきたイスラエル人の問題だ。

四度に及ぶ中東戦争でパレスチナ全域を実効支配したイスラエルは、占領地に国民を定住させてきた。これは国連決議を無視したもので、国際法で禁じられる植民地の建設にあたると批判されてきた。

そのなかには、もともとパレスチナ人が暮らしていた土地も多い。特に1948年の第一次中東戦争では約70万人が居住地から離れざるを得なかった。その多くは今も難民キャンプで生活し、キャンプ育ちの三世、四世も少なくない。

「誰も住居を追われない」というトランプ案は、実質的にイスラエル入植者の既得権を認める一方、パレスチナ難民の帰還する権利を無視するものといえる

アラブの「裏切り」

第三に、そして最後に、パレスチナ人の怒りを増幅させたのは、「アラブ民族、イスラーム世界の兄弟」であるはずのアラブ諸国の多くが、この提案に反発しないことだろう

トランプ大統領は今回の和平案の発表に合わせて、オマーン、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)の各国の協力に謝意を述べた。パレスチナ人にとって「侮辱」ともいえる協議は、アラブ諸国の仲介のもとで実現したのだ。

仲介役以外のアラブ国の反応も、総じて微温的なものが目立つ。例えば、サウジアラビアのサルマン国王はトランプ案発表の後、アッバス議長との電話会談で「パレスチナ問題にコミットし続けること」を約束するにとどめ、エジプト外相はイスラエルとパレスチナの双方がトランプ案を精査するべきと述べながら、「この提案がパレスチナ国家の建設に資する」とも付け加えている。これらはどれも、少なくともトランプ案への明確な拒否ではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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