コラム

ノーベル平和賞に決まったエチオピア首相──これを喜ばないエチオピア人とは

2019年10月15日(火)15時30分

しかし、それまでの抑圧にブレーキをかけたことは、結果的にオロモ人急進派を活発化させるものでもあった。例えば、非常事態が解除されてから3カ月後の昨年9月には、首都アディスアベバでオロモの若者が政府支持者と衝突し、多くのけが人が出た。

彼らがどの程度、実際に分離独立を目指しているかは不明だが、貧困や失業などに不満を抱くオロモの若者が急進派に吸収されることで、こうした衝突はむしろ増えている。

一方、オロモ人が声をあげやすくなった状況は、既得権を握る他の民族の警戒感も呼んでいる

今年6月には北部アムハラ州で軍の一部が蜂起し、連邦政府はこれを「クーデタ」と認定して約250人を逮捕。クーデタの首謀者で、連邦政府に銃殺されたアサミネイ・ツィゲ将軍はアムハラ民族主義者として知られ、連邦政府でオロモ人が影響力を増す状況への反感が、このクーデタを呼んだとみられる。

この騒乱と並行して、首都ではクーデタ鎮圧の責任者だったセアル・メコネン参謀長ら複数の軍高官が銃撃テロで殺害された。セアル参謀長はティグライ人で、この暗殺はティグライ主導のこれまでの体制への不満が、オロモ人以外からも噴き出し始めたことを象徴する。

改革と秩序の二律背反

各民族の間で分離独立の気運が高まる状況に、オーストリア、グラーツ大学のフロリアン・ビーバー教授らは「エチオピアが第二のユーゴスラビア(1990年代に民族間の対立によって崩壊した東欧の多民族国家)になる危険」に警鐘を鳴らしている。

だとすると、11日のノーベル委員会の発表を受け、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルがアビー首相の「顕著な業績」を称賛しながらも「平和賞の授与がエチオピアのさらなる人権保護のきっかけにならなければならない」との声明を出したことは、無理のないことだ。

一体性を目指し、押さえ込まれてきた人々を解放することが、次の対立の引き金になる。この問題は今や世界共通のものでもあるが、とりわけ厳しい状況にあるアビー首相とエチオピアの挑戦は、これからが本番なのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story