コラム

ノーベル平和賞に決まったエチオピア首相──これを喜ばないエチオピア人とは

2019年10月15日(火)15時30分

ただし、全てのエチオピア人がアビー首相を評価しているわけではなく、むしろ敵意を抱く者すらいる。アビー首相の改革は自由や民主主義の原則には適うものの、これが皮肉なことに民族間の対立を激化させやすくなってきたからだ。

多民族国家エチオピアの苦悩

エチオピアではこれまで民族対立が絶えなかった。

エチオピアの1995年憲法には、各州に「分離独立の権利」を認めるという、世界に例のない条項がある。80ほどの民族がいるこの国で分離独立の権利を認めれば、もっと以前にバラバラになっていても不思議ではなかった。

なぜこうした条項があるのか。それは、逆説的だが、「お互いに別れる権利」を認めることで、民族間の対等のつきあいを目指すという考え方による(「離婚の権利」と同じ発想」)。

エチオピアではもともと人口第2位のアムハラ人による支配の時代が長かった。しかし、1970年代に発生した内戦では、各民族がそれぞれアムハラ人主導の政府を攻撃した。

各民族からなる4つの武装組織は1991年、連合体組織であるエチオピア人民革命防衛戦線(EPRDF)を結成し、これが1993年に全土を掌握。その後、選挙が実施され、4政党の連合体に衣替えしたEPRDFは最大与党の座を一貫して握り続けてきた。

先述の分離独立の権利はこのEPRDF体制のもとで導入されたもので、それまでの経緯を反映して、各民族が対等につきあいながら一つのエチオピアを作るという考えが凝縮している。

ただし、実際には政権内部でその後、人口第3位のティグライ人が主導権を握るようになった。これはEPRDFの発足を呼びかけて内戦終結に道筋をつけたメレス元首相(2012年に死去)がティグライ人だったことによるところが大きい。

逆に、最大民族オロモ人の間からは、憲法で保障される分離独立の権利に基づき、本当にオロミア州をエチオピアから分離させるべきとの意見も噴出。ティグライ人主導の連邦政府とオロモ急進派の間の対立は徐々にエスカレートし、先述の2018年2月の非常事態宣言に至ったのである。

つまり、タテマエで分離独立の権利を認め、対等な民族関係を謳いながら、EPRDFの事実上の一党制のもと、実質的には民族対立が力ずくで押さえ込まれてきたのだ。

初のオロモ人首相として

こうした背景のもと、とりわけ弾圧されてきたオロモ人の不満を和らげるため、初のオロモ出身の首相に就任したアビー氏は、先述のように周辺国との緊張緩和だけでなく民族間の融和も推し進め、これが国際的に高い評価を得た。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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