コラム

リベラルな価値観は時代遅れか――プーチン発言から考える

2019年07月10日(水)15時55分

リベラルな価値観を吸収した極右

プーチン氏がとりわけ強調した移民問題でも、それは同じだ。

欧米諸国で広がる白人至上主義は、そのネーミングから「白人が一番偉い、有色人種は劣った存在」という、ナチスの優生学を思わせる主張をしていると誤解されやすい。しかし、内心はともかく、白人至上主義者たちの多くは「自分たちは他の文化を尊重している」と主張する。

その主張がなぜ移民排斥につながるか。ヨーロッパ極右の草分け、フランスの国民戦線の主張を要約すれば「自分たちが彼らの文化を尊重するのだから、彼らも我々の文化を尊重すべきで、彼らの存在で我々の文化が壊される以上、彼らは我々の国から出て行くべき」となる。

「文化の間に優劣はない」という考え方は文化相対主義と呼ばれ、植民地支配が衰退した第二次世界大戦後に生まれたリベラルな立場だ。白人至上主義者はこの思想を取り込んで理論武装することで、保守とリベラルの中間にいる有権者に幅広い支持を広げたのである(山口定・高橋進編『ヨーロッパ新右翼』)。

政治勢力としてのリベラルはなぜ衰退したか

こうしてみたとき、リベラルな価値観は時代遅れどころか、その根幹にある思想は先進国では当たり前すぎて保守派も無視できないものだ。

だとすれば、なぜ政治勢力としてのリベラルは多くの国で衰退したのだろうか。

リベラルの一部が教条化し、少しでも差別的とみなされる言動に集中砲火を浴びせる様子がニュートラルな人々の拒絶を招いたことなど、理由はいくつも考えられる。しかし、より根本的な理由としては、弱者の救世主であったはずのリベラルが特権階級の代理人とみなされやすくなったことがあげられる。

リベラルな価値観の浸透にともない、とりわけ1990年代以降、弱者に特別な配慮をする制度は、国によって程度の差はあっても普及してきた。そのなかには難民や不法移民にも最低限の権利を保障することや、議員などの女性枠の確保(アファーマティブ・アクション)、貧困層への各種支援、一定以上の規模の事業所での障がい者雇用枠などが含まれる。そこには、20世紀後半にリベラルな価値観を再構築し、あらゆる人が自分の属性を抜きに考えれば「最も条件の悪い人に最優先に対応すること」に同意できるはずと説いた、アメリカの哲学者ジョン・ロールズの影響をうかがえる。

ともあれ、これらの措置はもともとハンディのある人に「ゲタを履かせる」もので、当初から「逆差別」という批判もあったが、社会の中核を占める中間層(特に男性)に余裕があった間は、総じて大きな火種にならなかった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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