コラム

入管法改正案の最大の問題は「事実上の移民政策であること」ではなく、政府がそれを認めないことだ

2018年11月06日(火)15時00分

低所得層の移民は確かに固まって暮らすことが多く、結果的に犯罪多発地域(つまり地価の安い土地)に移民が集中しやすくなる。ただし、それは所得水準や偏見などに促されるもので、「外国人が増えたら犯罪が起こりやすくなる」というのは乱暴な言い方である。

また、「雇用の奪い合い」もよくいわれるが、そもそも先進国の人間が単純労働をやりたがらないなか、外国人がその穴埋めのために招かれるのであり、多分に誇張が含まれている。

さらに、由緒ある寺社仏閣が立ち並ぶ京都や鎌倉で場違いなカフェやレストランを開業している経営者も、ハロウィンに渋谷で暴れまわった若者も、その大半が日本人で、多くの日本人自身が「日本らしさ」を放置していることに鑑みれば、「日本らしさを損なうから外国人の受け入れに反対」という主張は説得力を欠く。

もちろん、実質的に移民を受け入れるとなれば、例えば母語が日本語でない子どもの就学の問題など、相応のコスト負担が必要になる。

したがって、日本政府に求められるべきは、むしろ移民にまつわる誤解や誇張を打ち消し、受け入れのコストを差し引いても利益が大きい、あるいは必要である、という覚悟を国民に広く求めることであろう。

負のレガシーの恐れ

この理解や覚悟を欠いたまま移民を受け入れたことが、現在のヨーロッパの移民問題の根底にある。

ヨーロッパ諸国は1940年代後半、戦後復興を行う人材の不足を海外から調達したが、彼らは「移民」ではなく「一時的な労働力」とみなされやすかった。当時、西ドイツでトルコ系が「ガストアルバイター(英語でいうゲストワーカー)」と呼ばれたことは、その象徴である。

ところが、多くの移民は「一時滞在」の前提を共有しておらず、戦後復興が終了した後も増え続けたため、認識のギャップが拡大した。「想定と違った」ことはその後、受け入れ国市民の間に反移民感情が生まれやすい土壌になった。

日本政府が「移民政策ではない」と抗弁して国民に「移民は来ない」と思わせようとしているなら、将来的に永住者が増えた際に「想定と違った」という不満を生まれやすくする。しかも、その頃には現在政権を担っている政治家や官僚は引退しており、憎悪や不満の矛先は、その時代の移民たちに向けられる。その場合、今回の入管法改正は、日本にとって負のレガシーになり得る。

言い換えるなら、この問題は安倍首相のお気に入りの慣用句「結果責任」や「責任政党」のあり方を問うているといえるだろう。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story