コラム

【ユダヤ教礼拝所銃撃】アンダーグラウンド化する白人至上主義──ネット規制の限界

2018年10月31日(水)13時00分

世界各地で勢力拡大を図るネオナチ(写真は5月1日、スウェーデンのルドビーカ) Ulf Palm/REUTERS

<オンラインのヘイトスピーチを規制すればするほど、ネオナチが自由でオルタナティブなSNSに集まっていくジレンマ>

ペンシルベニア州ピッツバーグのユダヤ教礼拝所(シナゴーグ)を襲撃し、11人を殺害した容疑者が利用していたことで一躍注目されたソーシャルメディアGABは、その後サービス停止に追い込まれたが、ネット上でのヘイト規制の強化は必要であるとしても、白人至上主義をアンダーグラウンド化させ、先鋭化させやすくもするとみられる。

反ユダヤ主義の蔓延

アメリカのユダヤ人団体、名誉毀損防止同盟(ADL)は10月27日のシナゴーグ銃撃事件を、ユダヤ人を標的としたヘイトクライムとしては「アメリカ史上最悪」と表現した。

ユダヤ人に対するヘイトクライムは増加傾向にあり、ADLによると、2017年には脅迫、器物破損、襲撃などが1986件と前年度比で60パーセントの増加し、この増加幅は過去最大だった。

欧米世界における反ユダヤ主義は中世にまで遡り、19世紀以降さらに激しくなったが、最近では数千人の移民希望者が中米ホンジュラスからアメリカへ陸路で北上するなか、「(ユダヤ人の著名な投資家で大富豪)ジョージ・ソロス氏がアメリカを破滅させるためにこの大移動を企んだ」という陰謀論も広まっている。また、トランプ大統領の周辺に娘婿クシュナー氏をはじめ多くのユダヤ人がいることも、(キリスト教徒であることを前提とする)白人至上主義者の反感を招いている。

根深い反ユダヤ主義を背景に、ピッツバーグのシナゴーグを襲撃したロバート・バウアーズ容疑者は発砲の直前、「全てのユダヤ人は死ぬべきだ」と叫んだと報じられている。

GABとは何か

このピッツバーグの事件で一躍脚光を浴びたのが、決してメジャーでないソーシャルメディアGABだった。

バウアーズ容疑者はTwitterもFacebookも利用していなかったが、GAB上では聖書の一説を引用してユダヤ人を「悪魔の子」と表現するなど、しばしばヘイトメッセージを発信していた。シナゴーグを襲撃する直前には「彼らは我々を殺害する侵略者たちを喜んで連れてきている。仲間が殺されていくのを、ただ黙って見ていることはできない。お前らの考え方なんてくそくらえだ。俺がやってやる」と書き込んでいる。

GABは2016年に発足したが、その最大の特徴は投稿内容に規制がないことで、「言論の自由」を最大限に強調するGABはヘイトメッセージ常習者にとっての「楽園」でもある。公称で80万人以上のユーザーには、Twitterをはじめ主なソーシャルメディアで排除された白人至上主義者が目立ち、そのなかには陰謀論者QAnon支持者も含まれる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story