なぜいま中国向けODAを終了したか──日本政府にとっての一石二鳥
中国政府の満足感を引き出す
そのうえ、対中ODAの終了は、中国政府の満足感を引き出すものでもある。ODA終了で、日本が中国を「大国」として承認することになるからである。
日本が円借款を終了させた2008年は、中国で北京オリンピックが開催された年だった。これは国内、特に自民党から突き上げられ続けてきた外務省にとっても、中国政府に「中国は名実ともに大国となったのだから、もう大規模なODAは必要ないでしょう」と言いやすいタイミングだった。これに対して、中国側から取り立てて否定的な反応はなかった。
今回の場合、日本政府はODA終了と入れ違いに、中国政府と開発プロジェクトに関して協議する「開発協力対話」を立ち上げ、アフリカをはじめとする第三国への支援で連携を図る考えだ。その第一号は、タイでの高速鉄道建設になるとみられる。
中国政府がタイ東部で進める、450億ドル以上の規模になるとみられるこのプロジェクトに、日本政府は300億ドル以上の円借款、14億ドルの無償資金協力、16億ドルの技術協力を提供する意志を既に示している。
これはインフラ輸出を加速させたい日本政府にとってチャンス拡大を意味するが、同時に中国政府にとっては日本から「対等なパートナー」としての認知を公式に得るものである。アメリカのトランプ政権との対立が深刻化する中国にとって、日本との関係が再び重要性を増すなか、「対等のパートナー」と位置づけられることには大きな意味がある。
そのため、中国政府もむしろ対中ODA終了を肯定的に評価しており、国内メディアに日本のODAが中国の発展に貢献したことを重視して報じるよう指示している。政府がメディアの論調まで指示することの是非はともかく、ここで重要なことは、中国政府が「貢献者」と日本を表現した点だ。
日中関係が悪化しつつあった2000年、中国大使を務めていた谷野作太郎氏は中国政府に「『日本の援助が中国の経済発展に役立った』と中国側は日本人に言うべき」と伝え、これに対して楊文昌外務次官(当時)が「日本の円借款が中国の経済建設に果たした役割を高く評価する」と述べた。しかし、自民党内では「『援助』といわず『資金協力』、『円借款』という言葉ばかり使った」、「『感謝』が表明されなかった」(産経新聞、2000年3月28日)と批判が噴出し、日中関係がさらに悪化する原因の一つとなった。
「感謝されなかった」と不満を呈することへの賛否はさておき、18年前と比べて今回の中国政府に肯定的な態度が目立つことは確かで、そこには中国政府の対日関係のシフトとともに、日本政府の提案に対する満足感をもうかがえるのである。
内政と外交の一石二鳥
だとすれば、政府は対中ODA終了によって、国内の反中世論の支持を得ながら、同時に「これまでと違う関係を築く」というメッセージを送って中国政府の満足感を引き出す決定をしたことになる。このねじれた方針の対象になっているという意味で、強い反中感情に基づいて今回の決定を支持する人の多くは、一周回って中国政府と同じ立場に立っているともいえる。
いずれにせよ、これによって(何度もいうが政府レベルで)日中関係が新たな段階に入りつつあることは間違いなく、トランプ政権の暴走によってアメリカ主導の国際秩序が根底から揺らぐなか、さまざまなリスクヘッジが不可欠であることに鑑みれば、妥当な決定といえる。ただし、中国のペースに合わせ過ぎないこともまた必要であるため、日本政府に微妙なかじ取りが求められることには変化がないといえるだろう。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
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