サウジ人記者殺害事件が単純に「報道の自由をめぐる問題」ではない3つのポイント
サウジの発表に対して、トルコの与党、公正発展党のスポークスマンは「トルコは発生したどんなことも明らかにする」と強調し、調査の継続を示唆した。しかし、18人の逮捕が多くの人に「トカゲのしっぽ切り」とみられたとしても、トルコ政府にとってもこれがサウジ追及の潮時になる可能性は大きい。
トルコとサウジのどちらにとっても重要な同盟国であるアメリカのトランプ大統領は、基本的にサウジアラビア政府を擁護する立場にある。
オバマ大統領はイランとの関係を改善し、2015年に歴史的なイラン核合意を成立させたが、トランプ大統領には「反イラン」が鮮明で、イランを敵視するサウジとの同盟関係を再構築することに力を注いできた。2017年5月、初めての外遊でトランプ氏がサウジアラビアを訪問したことは、その象徴だ。
そのため、トランプ大統領はトルコ当局が事件の重要証拠である音声データを握っているとみられる以上「過失による死亡」というサウジ当局の説明に疑念を示さざるを得なかったものの、「ムハンマド皇太子がこの件について知らなかったことは起こりえる(possible)」とも述べている。さらに、サウジへの経済制裁への可能性を否定しない一方で、武器輸出は続けるとも明言している。そこには「これで事件を収束させたい」という、サウジやアメリカの意図をうかがえる。
その一方で、トルコのエルドアン大統領はシリア内戦でのイランとの協力やトルコ製鉄鋼・アルミニウムの輸入関税引き上げなどをめぐってアメリカと対立してきた。しかし、一つの焦点だった、トルコ当局がテロ容疑で拘留していたアメリカ人牧師の解放をきっかけに両国の関係は改善に向かいつつあり、この状況下でこれ以上トランプ政権の不興を買うことは避けたいところだ。
だとすれば、アメリカからさらなる「ボーナス」を引き出したり、世界に向かって体面を保ったりするために強気の発言があっても、トルコがサウジの幕引きを受け入れたとしても不思議ではないのである。
「独裁者」対「独裁者」の時代
こうしてみたとき、今回の事件はトルコとサウジアラビアの「独裁者」それぞれの事情や両国の対立を映し出すものだ。批判する者を排除するムハンマド皇太子と、自国のことは棚に上げて「人権」を外交的な手段として用いるエルドアン大統領は、どちらも権力を集中させようとする「独裁者」である点で一致する。
欧米諸国では、専制君主国家だったペルシャ帝国と民主政ギリシャの間の戦争以来、「独裁者」と民主主義が争う構図が好んで語られがちだが、実態としては「独裁者」同士の争いも絶えない。今回の事件が収束したとしても、国際情勢が流動化する今後の世界では、トルコとサウジアラビアの間の摩擦のような事案は、増えこそすれ減ることはないとみてよいだろう。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
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