IS「シリア帰り」に厳戒態勢の中国・新疆ウイグル自治区──テロ対策のもとの「監獄国家」
さらに、習近平体制が推し進める「一帯一路」構想からみても、新疆は中央アジアに通じるルート上。ユーラシア一帯に中国の物資を輸出するための交通路を整備するうえで、足場ともいえます。アフガニスタンとの国境付近に建設予定の基地は、テロリストの流入を防ぐだけでなく、中国の交易路を守るものとみられます。
こうしてみたとき、新疆の安定は習近平体制にとって死活的な意味をもち、「監獄国家」はそのための手段といえます。
監獄国家は火を噴くか
テロ対策と人権尊重の両立が難しいことは、他の国でも同様です。しかし、中国のそれは極端です。個人の全てが把握され、「エラー」とみなされた者が容赦なく排除され、逃れることもできない監獄のような社会は、ジョージ・オーウェルの『1984年』や映画『ブレードランナー』を想い起こさせます。
中国当局は「分離独立派はテロリスト」で、経済成長する中国で暮らすそれ以外のムスリムを「世界で最も幸福なムスリム」と強調します。この立場からすれば、「ここまで取り締まっているから新疆の秩序は保たれている」となるかもしれません。
しかし、過剰な取り締まりは、かえって不安定化の一因にもなり得ます。
もともとウイグル人の間には、対立はあっても、経済成長する中国の一員としての利益を優先させようとする人々も多くいました。ところが、経済成長の恩恵が漢人に偏って配分されただけでなく、全てのウイグル人を監視対象とする監獄国家が成立したことで、分離独立運動やテロと無関係のウイグル人にも不満や反感が増幅しやすい環境が生まれています。
その意味で、監獄国家と化した新疆ウイグル自治区では、「テロ対策」を名目とする管理の強化が、かえってテロの芽を大きくしているといえるでしょう。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
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