コラム

スリランカは「右傾化する世界の縮図」―ヘイトスピーチ規制の遅れが招いた非常事態宣言

2018年03月13日(火)18時00分

この国で少数派のムスリムは、8世紀にこの地にイスラームを伝えたアラブ人商人たちの子孫といわれます。宗教や民族が混在することは、近代以前の多くの地域ではむしろ当たり前で、この地のムスリムも常に迫害されてきたわけではありません。しかし、サウジアラビアの進出と「純粋なイスラームの普及」にともない、「スリランカ社会の中心」を自認するシンハラ人の警戒感と嫉妬、憎悪は強まったのです。

仏教ナショナリストの台頭

その結果、スリランカではムスリムへの嫌がらせやヘイトスピーチが頻発。特に近年では、ミャンマーを追われたロヒンギャ難民の保護が、これを加熱させる一因となってきました。

その中心には、過激派仏教僧に率いられるボドゥ・バラ・セーナ(BBS)と、ナショナリスト組織マハソン・バラカヤがあります。このうちBBSは、ミャンマーでロヒンギャ排斥を主導する過激派仏教僧の集まりであるミャンマー愛国協会とも結びついている一方、やはりムスリムを迫害するヒンドゥー教徒を支持者に抱えるインド政府にも「反ムスリム」の共闘を呼び掛けています。

そこでは宗教の教義は大きな問題ではなく、仏教ナショナリストは「自分たちと異なる、気に入らない少数者」を排斥することを政治的な目標にしているといえます。これらの組織はSNSでのヘイトスピーチを通じて参加者を募り、これに呼応するシンハラ人による行為は徐々にエスカレート。2014年7月には首都コロンボの南にあるアルトゥガマのムスリム居住区を、BBSに扇動された数百人のシンハラ人が襲撃し、2人が死亡しました。

「多数派によるテロ」へのお目こぼし

ところが、これらの事件をスリランカ政府は腫れ物を触るように扱ってきました。2014年の事件の後、警察は暴動を扇動したBBS関係者を呼び出したものの起訴せずに釈放し、軍のスポークスマンはBBSを批判しない一方で「軍がBBSを支持しているわけではない」と強調するにとどめています。

この背景には、シンハラ人の全てがBBSなど過激派の支持者でないものの、一般シンハラ人の間にも反ムスリム感情が広がっていることがあります。シンハラ人中心のスリランカ政府にとって、少数派のムスリムをあえて擁護することは国内政治の観点から得策でなく、これが「お目こぼし」に結びついたといえます(この点ではロヒンギャ問題におけるミャンマー政府と同じ)。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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