コラム

トランプ-金正恩会談に期待できないこと、できること──「戦略的共存」への転換点になるか

2018年03月10日(土)19時00分

結果的に次に打つ手に困っていたトランプ大統領にしてみれば、北朝鮮が韓国の働きかけに応じる形で協議を提案したことは、「渡りに船」でもあったといえます。ただし、もちろんそうはいえないので、米国としては「制裁の効果」を強調せざるを得ません。少なくとも、今回の協議はどちらか一方が圧倒的に有利というより、「痛みわけ」によるものといえます

こうしてみたとき、金正恩氏が「会談に応じてやった」という態度で臨んだとしても、故のないことではありません。いずれにせよ、「全ての成果は自分にあり、全ての問題は相手のせい」と言いたく、またそのように振る舞う点で、米朝首脳は似た者同士ともいえます。

期待できないこと、できること

ただし、米朝協議が実現したとしても、全てが解決するわけではありません。とりわけ重要なことは、トランプ大統領は「朝鮮半島の非核化」を強調しますが、北朝鮮にとって核・ミサイルがほぼ唯一の交渉材料になっている以上、米国の要求に沿って彼らがそれを放棄することは、ほぼあり得ないことです。つまり、米朝協議によって「朝鮮半島の非核化」が実現すると想定することはできません。

その一方で、同時に重要なことは、両首脳がお互いに「相手も望んでいるなら会ってやらないでもない」と会談に臨むことで、少なくとも朝鮮半島の緊張が緩和されることです。米朝がお互いに手詰まりになり、緊張だけが高まる状況をみれば、この協議では「要求を引き下げることで事態を打開する」ことが米朝に期待されるといえます

北朝鮮にとって最大の目標が「体制の維持」である一方、北朝鮮情勢をめぐる米国の最優先課題が「核戦争を避けること」にある構図は、何一つ変化していません。このなかで双方が一番とりつけやすい合意は、中ロが提案してきた「北朝鮮の核・ミサイル実験の停止」と「制裁の一部緩和」を抱き合わせにすることです。

もちろん、これはどちらにとっても最上の結論ではありません。北朝鮮にしてみれば、「米国と(対等の)平和条約を結んで体制を護持する」というゴールに、はるかに及びません。米国にしてみれば、「朝鮮半島の非核化」を約束するものではありません。実際、トランプ大統領は「非核化が実現するまで制裁は維持する」と強調しています。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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