コラム

ウクライナ侵攻が進む中、悪い円安論の盛り上がりに対する違和感

2022年03月23日(水)15時30分

仮に日本において、インフレ率が2%の目標を超えて上昇していれば、金融引き締めが必要であり、こうした経済状況であれば円安は好ましくないし、持続可能ではない。ただ、現在の日本ではそうした状況には至っていない。

もちろん、輸入インフレでガソリンや食料品の価格が上昇していることは、家計の購買力を減らす。また、交易条件の悪化によって、海外に所得が流出していることが、経済成長を低下させる点も指摘される。これらを挙げて、最近の円安が日本経済にとってマイナスであるとの見方が増えている。

交易条件の悪化による「所得流出」がどの程度経済活動に影響するかは議論が分かれるとしても、交易条件悪化をもたらしているほとんどの要因は、円安ではなく原油高などの国際的な商品市況の上昇である。仮に円安が止まっても、資源インフレの弊害はほとんど改善しない。

「円安は日本経済にプラスとなる構図は変わっていない」

日本経済が需給ギャップ(供給>需要)を抱えて、労働市場がさらに改善する余地があるのだから賃金上昇率を押し上げて家計購買力を高める方向に、金融緩和政策は作用する。そして、円安は、円ベースの企業利益や国際競争力を強めるプラスの要因がある。これまで黒田総裁が言及しているとおり、「円安は日本経済にプラスとなる構図は変わっていない」(3月18日記者会見)という認識は妥当だろうし、仮に1ドル120円台で円安が今後進んでも変わらないと思われる。

足元のガソリン高などが景気抑制的に影響するなら、日本は、米国に比べてガソリンなどの税率が高いので、時限的な財政政策によって対応できる余地は大きい。金融財政政策が問題に適切に対応することで、原油や資源などのコストプッシュ問題に対応するのが望ましい。

いずれにしても、経済全体の観点からは、金融緩和の継続によって家計所得全般を高めることが、ガソリンや食料品高に対する本質的な対応である。仮に、賃金上昇が起きていない段階で、円安をケアして金融引き締めに転じればどうなるか。円安は止まるかもしれないが、成長を抑制するコストプッシュの弊害が大きくなり、経済全体が悪化すれば、家計所得減少の弊害は更に大きくなってしまうだろう。

また、原油高によって輸入が増えて貿易収支の赤字が増えており、貿易赤字が円安を促しており、これを「悪い円安」とする見方も最近聞かれる。ただ、貿易赤字が増え、これが通貨安をもたらすという因果関係はほとんどない。これは、2011年の東日本大震災時前後に、貿易赤字が大きく増えた時に円高になった例からも明らかでる。貿易赤字が増えることで円安が進むとの見方の多くは、市場関係者などの何等かの思いが反映していると推測されるが、根拠がかなり脆弱な見方だと筆者は位置付けている。

円安批判が、岸田政権の経済政策運営を左右するリスク

これまでの、岸田政権のコロナ対応や経済政策運営について、具体的な政策が少ないため評価できる部分は多くない。ただ、安倍・菅政権のレガシーと言える強力な金融緩和がもたらした最近の円安は、日本の経済正常化を下支えしていると評価できる。

最近増えている円安進行への批判に対して、日本銀行の対応は冷静かつ妥当なので、懸念は不要だろう。ただ、メディアなどが醸成する円安批判の世論が、岸田政権の今後の経済政策運営を左右するリスクを筆者は警戒している。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

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