「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる
問題は「地域社会」という物言い
そんな中、1980年の大統領選が開催される。共和党候補のロナルド・レーガンは独自の「南部戦略」を用いた。共和党の指名候補となったばかりのレーガンはミシシッピー州に行き、かつて公民権運動の活動家3人が殺害された町のすぐ近くで遊説を行い、含みのある発言をした。意訳すると、以下のようになる。
「私は州の権利を尊重する。私は市民が地域社会や私生活の中で出来る限りのことをする姿勢を応援する。現在、連邦政府は過剰なまでの権限を持ってしまった。大統領になったら州や地域社会に配慮する方向で、権力のバランスを元に戻そうと思う」
問題は「地域社会」という物言いだ。これは非常に間接的な言葉遣いで、
「皆さんの人種問題に関する考え方に外から踏み込むことはけしてありません」
とほのめかしているようにも聞こえる。つまり、
「積極的にミシシッピー州の黒人への富の再分配や権利の拡大を推進することはない」
と公約しているように読み取れるのだ。
レーガン大統領のアドバイザーだったリー・アットウォーターはこのように述べた。
「1954年にはひたすら『ニガー、ニガー、ニガー』と連呼していればよかった。だが1968年にはそんな言葉を使うと党が損害を被る。だから今度は『差別撤廃に向けたバス通学』『州の権利』とかいう風に言い方を変える。どんどんと物言いを抽象化させ、減税政策などの経済用語に埋め込んでいく。だがその政策の結果、白人より黒人の方が痛みを感じるようになっている。それが白人有権者の無意識に訴えかける。直接黒人について語らなくても、黒人を叩く方法があるということだよ(以上、意訳)」
共和党の「南部戦略」はニクソン、レーガン、ブッシュ(父)へと受け継がれていく。だが時代に合わせて露骨な差別や社会を分断するレトリックはトーンダウンされた。「小さな政府」「州の権利の尊重」「地域社会への配慮」「個人の選択に政府が介入しないこと」などと抽象的な言葉へと暗号化され、そこに白人を優遇する政策の意図があったとしても、薄味だった。アメリカが比較的安定した経済成長を続けていたため、「優しさ」の仮面を被ることができたとも言える。金持ちが優遇されるものの、白人の労働者層にも富が回っていたため、そこまで人種優位や隣人への排他的な感情に訴えかけずとも票が稼げたのだ。一方、税制はひたすら黒人を虐げるものであり続けた。