コラム

「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる

2016年03月11日(金)16時30分

保守的な南部白人有権者たちの怒りを代弁する扇動戦術

 翌年の1965年3月7日、600名ほどの公民権運動家達がアラバマ州セルマ市を出発して平和的にデモ行進をした際、弾圧することを選ぶ。報道機関が見守る中、橋を歩いて渡ってきた無抵抗のデモ隊に対して州兵や保安官達が棍棒や催涙ガス、鞭などで襲いかかり、セルマへと追い返した。この暴力沙汰はウォレス知事の誤算だった。デモの鎮圧を指示したが、まさかそこまで警察側が暴力をふるうと思っていなかったのだ。警察による一方的な暴力の場面は全米にテレビ中継され、「血の日曜日事件」と名付けられた。

1965年3月7日「血の日曜日事件」


 その2日後の3月9日、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師がより大勢のデモ隊を率いて、この橋を再び渡った。騒ぎがどんどん広がる中、ジョンソン大統領が介入し、同年には選挙権の人種平等を保証する法律を通した。ウォレスが人種差別を道具にして権力を掌握しようとした結果、反対に人種平等を保証する法律の実現を早めたのだった。ジョンソン大統領は側近に、
 「これで南部は共和党に渡してしまったようなものだな」と漏らしている。

 そして1968年。人種問題やベトナム戦争など社会的な対立が最大限に達した中で大統領選が開催される。ジョージ・ウォレス知事は再び独立系候補として出馬。黒人の公民権に強く反対し、保守的な南部白人有権者たちの怒りを代弁する扇動戦術をとった。その年、南部の投票率は異例の50%に迫った。ウォレスは北部の若い白人男性にも強く支持され、当初は破竹の勢いがあった。しかし共和党のニクソンと競り合う最中、副大統領候補に選んだ元空軍大将が記者会見に不慣れなせいで、
 「ベトナム戦争を終結させるためには核戦争の使用も辞さない」
 と発言。いっきに支持者がドン引きしてしまい、そのままジョージ・ウォレスは泡沫候補へと転落、露と消えた。この年はリチャード・ニクソンが勝った。

 ニクソン及び共和党はウォレスが群衆の情緒に訴えかけ、怒りの感情を誘導するテクニックを見逃さなかった。それまで民主党の得意技だった「差別の政治」をそっくり吸収し、共和党の味付けで再構築する。ニクソンはウォレスが「州の権利」というフレーズで主張した公民権への反対を「サイレント・マジョリティー=沈黙する多数派」という表現に言い換えた。

 公民権に反対する派閥を切り離した民主党は、二度と差別的なアメリカに戻らないことを謳う政党へと変貌した。人種問題に保守的な見解を持つ多くの白人有権者が民主党から共和党へと亡命、二度と戻ることはなかった。結果、「差別の政治」は共和党陣営の専売となる。

 公民権法が実現して15年が過ぎた頃、アメリカ社会では人種平等の認知が進み、世論のせめぎあいは男女平等を求めるフェミニズムや性的マイノリティーの権利を求めるゲイ・ライツなどへと移った。差別は大っぴらに口にできなくなった。しかし人々の心の中に歴然と残っていた。

プロフィール

モーリー・ロバートソン

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍。スカパー!「Newsザップ!」、NHK総合「所さん!大変ですよ」などに出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米航空業界団体、政府閉鎖の終了要請 航空リスクを懸

ビジネス

訂正-インタビュー:日本株で首位狙う、米ジェフリー

ワールド

米政権、加州向け運輸資金保留 トラック運転手の英語

ワールド

米14州とグアムの知事、公衆衛生対応で超党派連合の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇跡の成長をもたらしたフレキシキュリティーとは
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 10
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story