コラム

和歌山カレー事件は冤罪か?『マミー』を観れば死刑判決の欺瞞を実感する

2024年07月04日(木)16時59分

調べれば調べるほどそれが明らかになる。なぜこれが看過されるのか。そのいら立ちと怒りを二村真弘監督は隠さない。捜査や裁判、報道に関わった者たちを執拗に訪ね歩き、問い詰め、ついに一線を越えてしまう自分をもスクリーンにさらす。その覚悟を僕も共有する。冤罪の恐ろしさは、罪なき人を罰するという過ちだけではなく、真犯人を取り逃しているということでもある。だからこそ再審制度の見直しは絶対に必要だ。

本作の重要な被写体である林眞須美の長男とは、これまで何度か話している。彼の案内で、林死刑囚の夫(つまり彼の父親)である林健治さんが1人で暮らすアパートを訪ねたこともある。ヒ素を使った詐欺事件の容疑者として逮捕されながら、林眞須美を死刑にするために被害者の1人にされた健治さんは、出所後に脳出血を発症して今は車椅子で過ごしている。




その第一印象は当時の報道の印象とは真逆だ。とても饒舌でチャーミング。事件について、警察や検察の捜査や取り調べについて、妻である眞須美の冤罪を訴える根拠について、ほぼ半日話を聞いた。

途中で訪問介護員がケータリングの夕食を運んできた。礼を言ってお暇(いとま)しようと立ち上がった僕の横で夕食のラップを外した健治さんは、一瞬の間を置いてから大きな声を上げた。「カレーや!」


newsweekjp_20240704065408.jpg

『マミー』(8月3日公開)
©2024digTV
監督/二村真弘

<本誌2024年7月9日号掲載>

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

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