ロマンポルノの巨匠が紡ぐ『(秘)色情めす市場』は圧倒的な人間賛歌
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<監督の田中登は絶対に生を否定しない。あいりん地区の季節労働者たちと娼婦の主人公。登場する女や男たちはとにかく生きることに前向きで...>
ニューヨーク・タイムズがベトナム戦争の米機密文書ペンタゴン・ペーパーズを掲載し、連合赤軍が榛名山の山岳ベースで同志たちの殺戮を始めた1971年。日活は業績悪化の打開策として、ロマンポルノ路線に舵を切った。つまり成人映画。この時期に中学生だった僕は、さすがにリアルタイムには観ていない。
でも大学に入って映画研究会に所属してからは、都内の名画座に通い続けて、かなりの数のロマンポルノを観た。ロマンポルノの条件は「10分に1回の濡(ぬ)れ場があること」と「尺は70分前後であること」。それさえ守れば、監督たちは自由に作ることができた。だからこの時期、神代(くましろ)辰巳や曽根中生など既に大御所となっていた監督だけではなく、石井隆や金子修介、崔洋一に周防正行、相米慎二に滝田洋二郎、森田芳光など多くの新鋭(まだまだいる)がロマンポルノに集結した。
印象に残る作品はたくさんあるが、『(秘)色情めす市場』を観たときの衝撃は圧倒的だった。劇場は池袋の文芸坐。例によってオールナイトだったような気がする。夜が明けて白み始めた劇場の外に出て、始発電車が走り始めたばかりの池袋駅に向かいながら、僕は(睡眠不足だけが理由ではなく)真っすぐ歩けないくらいに衝撃を受けていた。
舞台は大阪の釜ヶ崎。いわゆるドヤ街のあいりん地区だ。主人公は娼婦のトメ。明治や大正期じゃないのにトメだ。彼女の母親も娼婦で、名前はよね。トメはよねが路上で産み落とした。
1974年製作なのに画面はモノクロ。実際にあいりん地区のロケなので、一昔前のドキュメンタリーを観ているような気分になる。よねを演じるのは花柳幻舟。日本舞踊の花柳流名取となりながら「家元制度打倒」を訴えて傷害事件を起こし、1990年の天皇即位パレードで爆竹を投げて逮捕された女性だ。とにかくすさまじい生涯。今はどうしているだろうと、この原稿を書くためにネットで検索したら、昨年2月に群馬県で転落死していたと知った。彼女らしい最期だ。享年77。圧倒的に個性的で過激で、そして奇麗な女優だった。
トメを演じるのは、(やはり伝説的な存在の)芹明香。薬でラリっている役をやらせれば日本一うまい。いや「うまい」のレベルではなく、鬼気迫るものがある(本当にラリっているんじゃないかとよく話題になった)。監督は神代辰巳と並びロマンポルノの巨匠と称された田中登。
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