『人間蒸発』でドキュメンタリーの豊かさに魅せられて
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<突然失踪した婚約者を必死に捜す一人の女性と彼女に密着する製作陣。撮影過程で展開される出来事はドラマさながらだが、これは決して劇映画ではない>
ドキュメンタリーの監督と思われている。......と書き出したけれど、確かにこれまで発表した映画作品は全てドキュメンタリーなのだから、この呼称は間違いではない。でも本人としては微妙に違和感がある。
なぜなら映画を観始めた10代後半の頃は、ドキュメンタリーに関心はほぼ皆無だった。映画といえばドラマ。それが前提だ。ところが紆余曲折を経て(テレビドラマに携わるつもりで)入社した番組制作会社は、ドキュメンタリー制作に特化した会社だった。この時点で長女が生まれていた。また就活に戻る余裕はない。こうして僕のドキュメンタリー人生が始まる。
だからこの時期の僕は、小川紳介の名前すら知らなかった。ちょうど原一男が『ゆきゆきて、神軍』を発表した頃だ。気にはなったが観ていない。AD(アシスタントディレクター)としての仕事が忙し過ぎたせいもあるけれど、ドキュメンタリー映画はテレビとは全く別の世界なのだと思っていたことも確かだ。
テレビの仕事を始めて十数年が過ぎた頃、僕は『A』を発表して、ドキュメンタリー映画監督という肩書を付けられるようになった。そして次作の『A2』を撮っていた頃、『人間蒸発』という映画の存在を知る。『A』『A2』のプロデューサーの安岡卓治(たかはる)からこのタイトルを初めて聞かされたとき、それはSF映画か、と聞き返してあきれられたことを覚えている。
公開は1967年。監督は今村昌平。『神々の深き欲望』を発表する1年前だ。ちなみに、原一男に奥崎謙三を紹介して撮影を勧めたのは今村で、その作品である『ゆきゆきて、神軍』のチーフ助監督は安岡だった。このあたりのドキュメンタリー人間模様はけっこう複雑で面白いのだが、今は詳細を書く紙幅がない。
ドキュメンタリーを撮り続けるなら絶対に観ておくべき作品だ。そんなことを安岡に言われて『人間蒸発』を観た。何の前触れもなく失踪(蒸発)した婚約者の大島裁(ただし)を必死に捜し続ける早川佳江。地方への出張が多かった彼の足跡をたどって旅に出る彼女に、今村たち撮影スタッフと俳優の露口茂が同伴する。
手掛かりを探す過程で、佳江も知らなかった大島の過去が次々に明らかになる。やがて佳江は露口に恋心を打ち明ける。露口は当惑するが、これで映画が面白くなると今村は大喜びする。
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