『人間蒸発』でドキュメンタリーの豊かさに魅せられて
ここまで読んだあなたに念を押すが、これは劇映画ではない。大島も佳江も実在する市民だし、露口は露口本人として被写体になっている。今村と撮影スタッフは自分たちの悪辣さを過剰なほどにさらす。テレビドキュメンタリーの現場ではスタッフが映り込むことは厳禁だし、まして自分たちの作為や狙いをさらすなどあり得ない。中立客観で不偏不党。でもこの作品にはそんなバランスなどかけらもない。佳江や大島の個人情報や肖像権は蹂躙され、終盤には大島の過去の愛人が現れる。佳江の最も身近な女性だ。そして虚実を全てひっくり返すあの伝説的なラスト。
観終えて唖然とした。同時にうれしかった。ドキュメンタリーはこれほどに豊かなジャンルなのだ。ならばもう少し続けよう。そう思ってからもう10年が過ぎる。
『人間蒸発』
監督/今村昌平
出演/露口茂、早川佳江
<本誌2020年3月31日号掲載>
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