コラム

「45歳定年」は130年前のアイデア? 進歩的過ぎるSF作家たちの未来予想図

2021年09月21日(火)19時00分

モアが描いたユートピアは「どこにもない場所」を意味するギリシャ語にちなんだ造語だ。その世界では、人々の労働時間は1日6時間、余暇は教養に充てられる。「ユートピア」を象徴するような理想的な箇所を抜粋すると、そう言い表すことができる。

当時の政治や社会体制への批判も込めたユートピアは、その後ヨーロッパ全域で広まる進歩思想の、拠りどころの一つとなった。科学や産業の発達・振興が理想の社会を形づくるという思想だ。

その1世紀余り後の1627年、フランシス・ベーコンの遺稿をもとに刊行された『ニュー・アトランティス』もまた、ユートピアの思想を色濃く反映した作品である。架空の島に理想の学府「ソロモンの館」が設けられ、発達した科学技術に基づく理想郷が描かれている。

さらに、1770年にはフランスのセバスチャン・メルシエールが『2440年』を著した。当時から600年以上先という途方もない未来を見据えた意欲作だった。進歩思想が行きつくであろう先、パリの子孫らの暮らしぶりを思い描いた作品だ。

そこでは国家間の対立のない平和な世界で、旅をするにも旅先の家々が客人を歓待するためホテルが皆無といった未来が待っている。母国フランスでは『2440年』は過激な進歩思想に基づく現体制批判と捉えられ、発禁となったほどだった。

これら一連の作品が巷間をにぎわせる中、蒸気機関の発明など文明の発達と相まって、未来に対する人々の明るい期待はいよいよ膨らんでいった。


未来学は、その時代時代の科学技術の粋の結晶を反映した論考や小説が土台となり、それに感化された読者ら市民の熱狂を学問的発展の原動力としていく。

19世紀の二大巨頭

19世紀に入ると、社会をより良い方向へいざなう科学技術への人々の信頼、期待は一層大きくなる。当時の最新技術のさらなる改良、改善が進んだ先の未来に目を凝らそうとする野心的な作品がいよいよ多くなっていく。発展した科学技術が導く世界、人類の姿を夢想する作品が発表され、相次いでベストセラーを記録するようになる。

そうしたジャンルの書籍の書き手も種類も前時代に比べ桁違いに増える中、その代表格の一人はフランスのジュール・ベルヌだ。「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という名言を遺し、未来学にインスピレーションを与えた類まれな一人だ。

平和主義者・進歩主義者であると同時に「SF小説の父」とも呼ばれ、『地底旅行』(1864)や『海底二万里』(1870)など、世に送り出した作品の数々や思想は後世、今に至るまで人々や産業に多大な影響を与え続けている。

そして、ベルヌと共に「SFの父」と並び称せられるのが、『タイムマシン』(1895)や『アンティシペイションズ』(1901)を手掛けた英国のH・G・ウェルズだった。ウェルズにより未来学、未来研究の基礎が出来上がったとさえ言われる。

両巨頭の主著や功績は、連載の中であらためて触れていきたい。

プロフィール

南 龍太

共同通信社経済部記者などを経て渡米。未来を学問する"未来学"(Futurology/Futures Studies)の普及に取り組み、2019年から国際NGO世界未来学連盟(WFSF・本部パリ)アソシエイト。2020年にWFSF日本支部創設、現・日本未来学会理事。主著に『未来学』(白水社)、『生成AIの常識』(ソシム)『AI・5G・IC業界大研究』(いずれも産学社)など、訳書に『Futures Thinking Playbook』(Amazon Services International, Inc.)。東京外国語大学卒。

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