コラム

エンターテインメント空間化する中国のEV

2023年03月07日(火)17時44分

リーリーが突然大きな声で言った。

「窓を閉めてエアコンをオン!」

しかし、何ごとも起きなかった。

「助手席や後部座席からの声だと作動しないようになっているのよ。窓を閉めてエアコンをつけて」

すると4つの窓が一斉に閉まり、エアコンが回り始めた。

「23度で」

冷気が噴き出してきた。いたずら心が湧いてきて、画面に向かって話してみた。

「That's too cold. 24 degrees is better.(それじゃ寒すぎる。24度がいいよ)」

しかし反応はなかった。

「残念ながら彼はまだ英語は解さないのよ」と李さんが言う。

車は市内へ向かう高速道路に入っていった。さすがはEV、エンジンの回転数が高まる感覚もないままスッと加速した。

「ワンチュワン、お泊り先は新華路飯店でよかった?」と李さんが尋ねた。

「ああ確かそんな名前だったと思う。ちょっと待って」と私は言って、カバンの中からプリントアウトした予約情報を取り出した。

「そう新華路飯店。住所は新華路33号だって。聞いたことのないホテルでしょ。円安のせいで、出張旅費の範囲で泊れるところと言ったらこんなところぐらいしかなかったんだ。道わかる?」

「さっきあなたを待っている間にスマホで検索しておいたから大丈夫よ」と李さんはいう。だが、彼女のスマホはシフトレバーの前の台に置かれたままである。

中国に頻繁に出張していたコロナ以前、中国のタクシーには、日本のタクシーみたいにカーナビが備え付けられていることはまずなかった。その代わり、運転席の前面や横にスマホを置く台があり、タクシー運転手はそこに自分のスマホを差し込んでカーナビとして使っていた。カーナビがあると車上荒らしに狙われるという事情があったのだろうが、スマホは画面が小さすぎるのが難である。

李さんのスマホは画面が暗いスリープ状態になって台に置かれたままである。せっかくホテルを調べてくれたのに、これで大丈夫なのだろうかと少し心配になる。

市内へ向かう高速道路も半ばを過ぎたあたりで李さんが言った。

「そろそろ充電できたかな?」

李さんはそう言って右手でスマホを取り上げた。それまでスマホをシフトレバー前の台に置くことでワイヤレス充電をしていたのだ。

そしてスマホで前面中央の大型ディスプレイの角に軽くタッチした。

するとディスプレイがメニュー画面からナビの画面に切り替わり、地図と車の進むべき方向を示す矢印が出てきた。スマホで検索したナビの内容がそっくりディスプレイに映し出されたのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

国際刑事裁判所、イスラエル首相らに逮捕状 戦争犯罪

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 5
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story