コラム

台湾産パイナップル、来年も買いますか?

2021年08月24日(火)07時27分

ただ、そもそもの問題の発端である中国による台湾パイナップルの輸入停止が、果たして台湾にとって応援を必要とするほどの痛手なのかという疑問がある。台湾の年間のパイナップル生産量は42万トンで、輸出されるのはその1割にすぎない。そのため、台湾政府の農業委員会は中国の輸入停止が発表された当日には、「国内の消費を1割増やせば値崩れするようなことはない」と楽観的な見解を示していた(中央通訊社、2021年2月26日)。つまり現場に近い役所のレベルでは輸入停止は大した問題ではないとみていたものを、蔡総統が大げさに取り上げることで政治利用しようとした疑いがある。

また、そもそも台湾の中国に対する輸出額のうちパイナップルが占める割合は0.03%にすぎない(『日本経済新聞』2021年3月19日)。台湾経済にとってパイナップルの輸出はまったく微々たる存在でしかない。

となると、中国によるパイナップル輸出停止が台湾に対する政治的圧力であるという解釈にも疑問が生じてくる。たしかに、中国は輸入停止を外交的手段として使うことがある。たとえば、2012年に南シナ海のスカボロー礁でフィリピン海軍と中国の海洋監視船のにらみ合いが起きた時、中国は検疫上の理由をつけてフィリピン産バナナの輸入を一時停止した。この時は原因(にらみ合い)と結果(輸入停止)の関係がはっきりわかったが、今回は、スカボロー礁におけるにらみ合いに相当するような事件が何も思い当たらない。中国が蔡英文政権を快く思っていないことは間違いないが、圧力をかける原因となる事件がないと、圧力としての意味は生じないであろう。

また、圧力としての効果を出すには、その輸出品が相手国にとってある程度重要なものである必要がある。実際、フィリピンにとってバナナは重要な輸出品であるが、今回の輸出停止の対象であるパイナップルの輸出は台湾にとって全く重要ではない。となると、圧力としての効果も期待できない。

今回の台湾産パイナップル問題について詳しく論じた早田健文・本田善彦両氏による「台湾パイナップル輸出が大幅減」『台湾通信Webradio』2021年8月14日によると、台湾では、中国がパイナップルに続いていろいろな台湾産農産品の輸入を停止してくるのではないかという不安が高まったそうである。もし輸出停止が他の農産品に広がるようであれば、政治的圧力にもなりえたであろうが、結局輸入停止はパイナップルのみにとどまった。

早田・本田両氏の番組によると、中国は馬英九政権時代に台湾からの農産品の輸入を幅広く認めるようになり、検疫においても台湾産品を他国からの輸入に比べてかなり緩めた。しかし、コナカイガラムシなど病害虫の問題が目立ってきたため、台湾からの輸入果物に対する検疫を一般の外国からの輸入並みに強めた結果が今回の輸入一時停止であるという。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

自動車関税に伴う値上げ「全く気にしない」=トランプ

ビジネス

UBSグローバル、S&P500種の25年末目標を6

ワールド

トランプ氏、5月中旬にサウジ訪問を計画 2期目初の

ビジネス

日中韓貿易相会合、地域貿易の促進で合意 トランプ関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 9
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story