コラム

新疆の人権状況を改善するにはどうしたらよいのか?

2021年04月20日(火)19時20分

そこで、各国ともそれぞれの人権問題があり、共に人権状況の改善を目指しているということを前提として、政府間でそれぞれの人権状況を報告するとともに、相手国の人権状況に対する懸念を表明しあうことで双方の人権状況の改善を目指す「人権対話」を提案したい。相互主義の原則で対話を行えば、内政干渉を拒否する主権国家の壁を超えて相手国の人権状況の改善に影響を及ぼすことができるかもしれない。

ちなみに、今日の国際社会で内政に干渉することが当たり前になっている分野がある。それは国際貿易の世界である。19世紀後半には関税自主権の回復が日本にとっての悲願であったが、今日では世界のほとんどの国が世界貿易機関(WTO)に加入して関税自主権を自主的に返上し、貿易交渉を通じて他国の内政に盛んに干渉している。

関税と貿易に関する一般協定(GATT)からWTOに進化してからは、内政干渉する分野が狭い意味での貿易政策だけではなく、外資政策、政府調達、知的財産権制度、技術標準にまで及んでいる。たとえば「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)では、知的財産権制度が整備されていなければ貿易に支障が出るということで、各国の知的財産権制度を国際的に調和させることを目指している。

こうした貿易交渉の分野をさらに人権の分野にまで広げることは理論的には十分にありうると思う。すなわち、中国でウイグル族が工場で強制労働させられている疑惑が持ち上がることは、明らかに貿易の支障になる。もし中国政府が少数民族に対する人権侵害を容認するのであれば、グローバル企業は少数民族を雇用する企業との取引をあきらめざるを得なくなる。つまり、グローバル企業は「貿易に関連する人権問題」(TRHRI=Trade-related human rights issues)に直面している。そこでTRIPS協定のように、円滑な貿易を促進するために人権保護に関する政策を国際間で調和させるという発想があってもよい。

欧米・日本と中国が依然として貿易と直接投資を通じてつながっているからこそ、中国の人権問題を我々の問題としてとらえ、それに対する働きかけも可能になるのである。もし経済関係を断ち切ってしまったら、相手国政府の内政に何の手出しもできなくなり、相手国の人権状況の改善のために打てる手もなくなる。

<参考文献>
シミナ・ミストレアヌ「中国の弾圧で人権を踏みにじられるウイグル女性たち 悲惨な虐待の実態と、必死の抵抗」『Newsweek日本版』ウェブサイト、2021年4月13日()
中村かさね「ユニクロ・柳井氏がウイグル発言で失うものは何か。『ノーコメント』が悪手だった3つの理由」『Huffpost』2021年4月10日
NHK World "Missing Uyghur Intellectuals." April 14, 2021.
Xu, Vicky Xiuzhong, Uyghurs for Sale: `Re-education, Forced Labour, and surveillance beyond Xinjiang. Australian Strategic Policy Institute, 2020.


プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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