コラム

中国は新型肺炎とどう闘ったのか

2020年03月18日(水)15時55分

DNAシークエンシングの企業として知られる華大基因(BGI)は、PCR検査の診断キットを1月から急ピッチで開発した。政府も特例としてわずか4日でこれを承認し、1月末には湖北省の現場に10万人分の診断キットが届けられた。華大基因はその後30万人分の診断キットの生産にとりかかった。

昨年サービスがスタートしたばかりの5G通信も新型肺炎との闘いに利用された。四川省成都市の華西医院の医師たちと、華西医院から武漢に派遣された医師たちとが5G通信で連結されたテレビカメラで患者を観察して共同で診察を行ったのである。

1月下旬の混乱期には医療現場での防護服やマスクの不足も目立ったが、その後、自動車メーカー、機械メーカー、石油化学企業、アパレルメーカーなど他業種の企業がマスクや防護服の緊急生産を開始し、不足を解消していった。

中国に学べるものは学べ

いまイタリアやスペインなどのヨーロッパ各国や、イランとカタール、そしてアメリカで新型肺炎の感染爆発が起きている。昨年12月30日には武漢の医師たちが注意を呼び掛けたのに、中国当局がその声を圧殺し、それから3週間を空費したことが中国での感染爆発と世界への拡散を招いた。その失策の代償は中国自身にとっても大変重かったが、他方で、中国は世界で初めてこのウイルスに打ち勝とうとしている国でもある。そこで得られた貴重な教訓と経験を、いま新型肺炎に苦しんでいる国々に伝えてほしい。

中国の新型肺炎との闘いのなかでもっとも印象的なのはその動員力である。突貫工事で2600床の病院を建設したり、湖北省に全国から3万2000人もの医療従事者が馳せ参じたというのは他国にはなかなかまねできないことであろう。

もっとも、ものすごい動員の背後で、湖北省に派遣された医者や看護師たちがそれぞれの本来の持ち場で診ていた患者たちはどうなったのだろうか、という疑問も生じてくる。新型肺炎は克服できたが、他の病気の患者多数がそのあおりを食った可能性もある。新型肺炎との闘いのそうしたマイナスの側面については私が読んだ中国の官製メディアの報道では明らかにされていない。

とはいえ、患者や感染者を3つのグループに分けて治療や隔離を行うといった医療のマネジメント方法など他国が取り入れられるノウハウもあると思われる。また、自動運転車、防護服やマスク、PCR検査器具など、中国がこの闘いのために開発した技術や生産能力は、今後他国での新型肺炎との闘いにも役立つことであろう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story