コラム

「さよならアジア」から「ようこそアジア」へ

2019年09月19日(木)11時05分

あれは1998年頃のことだったと思うが、私がアジア経済研究所の研究員だった時代に、ODA関連の4団体の合同研究会で発表する機会があった。その発表のなかで、私は中国の家電業界の話をした。かつては日本の家電ブランドは中国人に崇拝されていたが、ハイアール、長虹、TCLといった中国の家電メーカーが急成長してきて、テレビ、冷蔵庫、洗濯機などで日本企業のシェアが軒並み落ちていることを指摘した。

すると出席していた国際協力事業団(JICA、現国際協力機構)の理事がこうおっしゃった。「冷蔵庫や洗濯機みたいな低付加価値品は中国企業にやらせておいて、日本企業はもっと高付加価値品を作ればいい。」

偉い人だから私は適当にやりすごしたが、内心では開いた口がふさがらなかった。中国企業の成長という現実を直視せず、彼らが作っているものは低付加価値だと見下すのは単なる気休めにすぎない。低価格で攻勢をかける中国企業に対して高品質をアピールして勝負を挑むのか、あるいは部品サプライヤーになって共存を目指すのか、それとも中国企業が追随できないような新分野へ展開するのか。いずれにせよ中国企業の成長を踏まえた経営戦略の立て直しが必要だった。

実際には、日本の電機メーカー各社はこの3つの戦略のすべてを少しずつ実行したが、どこに力点を置くのか腰が定まらなかった。2000年代半ばには、韓国勢や中国勢の攻勢に対して日本勢はアジア市場を半ばあきらめたようだった。携帯電話のように日本メーカーが一斉に海外市場から手を引いた分野もある。

電機業界は形勢逆転

では日本の電機メーカーがどこに力点をおいたのかというと、それは日本市場だった。日本経済がそこそこ好調だったので、電機メーカー各社は大型プラズマテレビや液晶テレビの大規模な工場を日本国内に作った。『さよならアジア』の残響が経営者たちの頭の中に響いていたのだろう。

結果的にはこの時期の大型投資が足かせとなって日本の電機業界は苦境に陥り、三洋電機は消滅し、シャープは身売りし、東芝は事業部を切り売りすることとなった。いまや日本の電機メーカーは低付加価値品はもちろん、高付加価値品の代表格であるスマホにおいても見る影もないほど衰退した。むしろ中国や韓国のメーカーへの部品供給が日本の電機メーカーのなかで稼ぎ頭になっている。アジアとさよならするどころか、アジアがまさに頼みの綱になったのだ。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

大阪製鉄が自社株TOBを実施、親会社の日本製鉄が応

ワールド

サムスン、第1四半期のAI半導体低迷を警告 米の対

ワールド

ガザ検問所に米退役軍人配置へ、イスラエル・アラブ諸

ワールド

米レーガン空港、ヘリとのニアミス事案頻発 80年代
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story