コラム

米中貿易戦争・開戦前夜

2018年06月22日(金)22時55分

アメリカとカナダは互いにほぼ同額の鉄鋼を輸出しあう関係にあるし、アメリカはメキシコから輸入する鉄鋼の2倍もの鉄鋼をメキシコに輸出している。だから、課税によってカナダやメキシコからの鉄鋼輸入を減らし、国内の鉄鋼生産を増やすことができたとしても、カナダとメキシコが報復のために同様の課税を行えば、アメリカからの鉄鋼輸出が減少して生産も減少し、結局国内の鉄鋼生産は最初と変わらないということになる。

そのような簡単な道理もわからずにカナダとメキシコからの鉄鋼輸入に追加課税するぐらいだから、中国との貿易戦争がアメリカ国民の負担を増すことをいくら説いてもトランプ大統領は理解しないだろう。

つい最近まで、米中貿易戦争は回避されそうな流れになっていた。4月に習近平国家主席は銀行業、証券業、保険業、自動車産業における外資の出資比率に対する規制を緩和し、自動車の輸入関税の引き下げを実施するなど経済の開放を進める方針を表明し、アメリカの不満を和らげる姿勢を見せた。温厚な知米派の劉鶴副首相がアメリカとの交渉に赴き、中興通訊(ZTE)に対するアメリカの禁輸措置を罰金に「減刑」させるという成果も挙げた。中国側の働きかけにより、アメリカの法を犯したZTEの減刑まで勝ち取ったぐらいだから、通商法301条についても、中国の輸入拡大努力によって回避できると思われた。いったい米中は本当に貿易戦争に突入するのだろうか。

中国は報復自制を

ここで中国には応戦しないという選択肢もあることを思い出してほしい。つまり、アメリカが追加課税を発動しても、中国が報復課税をしないのである。

本音を言えば、中国は報復課税などしたくないはずである。

中国が第1陣の報復課税の対象とするのは大豆、乗用車、豚肉、魚、小麦、トウモロコシなどであるが、このうち最大の輸入品目は大豆で、2016年には138億ドルもの輸入があった。中国は大豆の自給をすっぱりあきらめたようで、2016年は大豆の国内供給約9600万トンのうち8400万トンが輸入であった。うち3800万トンがブラジル、3400万トンがアメリカ、800万トンがアルゼンチンからの輸入である。

もし中国がアメリカからの大豆に25%の関税をかけたとしても、ブラジルやアルゼンチンからの輸入によってアメリカ産大豆を代替できるとは思えない。畑や輸送能力を増やすには時間が必要だからである。結局、中国は高くてもアメリカの大豆を輸入せざるを得ないだろう。大豆は油を搾り、かすは家畜の飼料とするので、アメリカ産大豆が値上がりすれば、食用油と食肉の値上がりが起き、家計を直撃する。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story