コラム

GDP粉飾疑惑を追う

2018年02月16日(金)14時47分

さて、天津市に話を戻すと、天津市も財政状況が厳しいので、もし経済統計の粉飾があればそれを是正して窮状を訴えたいところであろう。天津市の地方財政は2015年から赤字に転落し、天津市も中央からの財政補助を求める立場になった。

中国の各地域のうち地方財政が黒字なのは、広東省、上海市、北京市、浙江省、江蘇省、福建省で、これらから上納される黒字によって残りの25の省の赤字が埋められている。天津市の財政の窮状と一人あたりGDPが全国トップという数字とはどう考えても両立しそうにない。

天津市は公式には粉飾の存在をいまだ認めていないが、実際には2016年から水増しを少しずつ是正しはじめたようである。まず2016年には、図にみるように天津市は一人あたりGDP全国トップの座を北京市、上海市に譲った。

天津市の一人あたりGDPはこの年も7.5%という高い伸びを示し、伸び率は北京市、上海市を上回っているのに、なぜか首位陥落である。それは水増し分をこっそりと少しだけ減らしたからだ。

また、2017年1~11月の天津市の一般歳入は前年同期に比べて実質でマイナス3.1%だったが、実額は12.5%も減っている。これは前の年の歳入が10%ほど水増しされていたことを意味する。このことからGDPも1割ぐらい水増しされていると推測できる。

さらに2017年の天津市のGDP成長率は全国で最低の3.6%と発表された。2018年の目標も5%と、きわめて抑制されたものになった。過去のことはともかく、少なくとも今後は、水増しの原因である高成長の追求をやめ、実力相応の成長率を目指すことになった(『21世紀経済報道』2018年1月25日)。

地方政府が粉飾を認めるようになった背景として、2019年からGDPの統計の作成方法が変わるとアナウンスされていることもある。これまでは各省のGDPは、省政府傘下の統計局が算出してきたが、2019年から国家統計局が主導してGDPの計算を行うことになる(『21世紀経済報道』2018年1月19日)。

国が集計すれば正確になるのか

それまでに粉飾を減らしておかなければ、国家統計局に統計作成の主導権が移る2019年に粉飾を暴かれて面目を失うことになる。

実は、GDPの計算を各省政府に勝手にやらせず、中央の国家統計局が統一的に行うという話は2014年1月の段階ですでに出ており、国家統計局は2015年から実施すると意気込んでいた(『21世紀経済報道』2014年1月9日)。

この話は結局4年間先送りになったわけだが、それでも地方政府に水増しを自粛させる抑止効果があったようである。

図2では国家統計局が発表する中国全体のGDPと、各省が発表するGDPを合計した額とを比べているが、両者の差は2012年までは急速に拡大して、2012年には後者が前者を11%も上回っている。つまりこのころ水増しがもっとも盛んだったのである。

marukawachart-1.jpg

だが、国家統計局が各省のGDP計算を統一的に行うとアナウンスした2014年には乖離率が顕著に下がり、その後も下がり続けている。2016年の乖離率は3.7%で、これは日本全体のGDPと都道府県のGDPの合計の乖離率よりも小さい。

それでも天津市の例が示すようにまだ粉飾は残っているようだ。GDPの粉飾は、究極的には過度の政治的集権や言論の自由の欠如がもたらすものである。国家統計局が地方の統計も作成すれば問題がなくなるというものではない。というのは国家統計局の中立性・独立性も保証されていないからである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 4
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 5
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story