コラム

「東アジア共同体」を夢想する

2016年09月01日(木)17時00分

国民投票でEU離脱が決まった後、EUに残りたいと抗議するロンドンっ子たち(6月28日) Dylan Martinez-REUTERS

<ベルリン滞在中、イギリスがEU離脱を決めるという大事件に遭遇した。EUは終わった、という声も聞かれる。だが、EU諸国の人々は共同体のメリットを享受しており、崩壊はしそうにない。今も国境の壁が高い東アジア出身の筆者にとっては、EUはほとんど奇跡に思えた。東アジアでEUのようにナショナリズムを超えた共同体を実現するにはどうしたらいいのか>

 私は8月中旬に4カ月のベルリン滞在を終えて東京に戻りました。この4カ月間にヨーロッパで起きた最大の事件と言えば、イギリスによるEU離脱の決定でしょう。EUというのは、ヨーロッパに2度にわたる凄惨な戦争をもたらしたナショナリズムを乗り越え、国境を限りなく低くすることで戦争の危険を遠ざけようという壮大なプロジェクトでした。その試みがイギリスの国民投票によって、ナショナリズムからのしっぺ返しを受ける結果となり、国境を物理的にも高くすべきだと主張するアメリカのトランプ大統領候補など、世界中のナショナリストを勢いづかせています。気の早い論者はこれでもうEUも終わりだとまで言い始めました。

【参考記事】EU離脱派勝利が示す国民投票の怖さとキャメロンの罪

 そんなご時世に、「東アジア共同体」なんて日本でも余り聞かれなくなった構想を持ち出すなんて時代遅れも甚だしいと言われそうです。しかし、そんなときだからこそナショナリズムの超克を夢想し、ナショナリズムへの潮流に逆らいたいのです。

EUはイギリスなしでも続く

 実際にヨーロッパに4カ月住んでみた印象では、ヨーロッパ統合の枠組はすでに人々の生活のなかにすっかり根を下ろしており、イギリスが離脱してもEUは崩れない、というのが素人としての私の直感です。特に、2004年以降にEUに加盟した中東欧諸国の多くは一人あたりGDPが顕著に上昇しており、EU加盟のメリットを実感しているので、自らEUから離れていくことは考えにくいでしょう。イギリスやドイツなど域内の高所得国も、域内市場の拡大や中東欧からの労働力の供給といったメリットを得ていたはずです。国民の一部が離脱派のデマに踊らされた結果、EUに残留することのメリットについての冷静な議論を圧倒してしまった、というのがイギリスの国民投票結果に関する大方の専門家の解釈だと思われます。

【参考記事】中国と東欧はどっちが先進国?

 国境が頑強に高くそびえ立っている東アジアから来た私などは、むしろ世界の秩序が国民国家の枠組を前提に成り立っているなかでいったいなぜEUのような奇跡が可能になったのだろうかと考えてしまいました。

【参考記事】共同市場創設が促す「大陸統合」の可能性

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4

ビジネス

ECB、12月にも利下げ余地 段階的な緩和必要=キ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story