コラム

日本と欧米の「福祉車両」から、高齢者・障害者を取り巻く環境の違いが見えてくる

2021年05月28日(金)19時30分
車いすを車に乗せる男性

欧米では、個々人の身体特性に合わせて自動車をカスタマイズする「カーアダプテーション」の考え方が浸透している(写真はイメージです) AndreyPopov-iStock

<日本では自動車メーカーが福祉車両を製造するが、欧米のメーカーは開発・製造を行っていない。その背景にあるのは?>

どれだけ歳を重ねても、病気や事故で身体が自由に動かなくなっても、自分が出かけたいときに出かけたい場所へ、自分が運転するクルマで出かけたい。しかし、それをサポートする日本の体制は欧米と比べて非常に弱い。

「福祉車両」「介護車両」と聞いて思い浮かべるのは、車いすに乗った高齢者や身体に障害のある人を、家族や介護者がクルマに乗せて送迎するイメージではないだろうか。実はこうした介助するための福祉・介護車両は日本で独自に進化した車両で、欧米では「福祉車両」「介護車両」は違った考え方で使われ、別のマーケットが育っている。その違いの理由は何なのか。

後付け回転シートや手動運転装置、車椅子リフト、スロープ、補助ステップなど、怪我や体力の低下、障害者や高齢者のニーズに合わせたさまざまな製品でクルマをカスタマイズし、カーライフをサポートしているオフィス清水代表取締役の清水深氏に聞いた。


清水氏は平成6年から28年間、障害者・高齢者向けの「福祉車両」と「介護車両」の改造・製作・改造用部品設計・卸売などを手掛け、日本の福祉車両の草創期から今日までの流れと海外事情にも詳しい。同社はヤナセオートシステムズと業務協力、トヨタモビリティ東京と作業委託を締結するなど、日本の自動車関連企業からも高い評価を得ている。

本人主体か、介護者主体か

──欧米と日本では、障害者や高齢者に接する際の考え方の違いがあり、それが車両にも表れていると聞いた。

障害者や高齢者に対する考え方は各国それぞれだ。日本には欧米と異なる特有の考え方や文化がある。

最近はリハビリテーションの考え方が変わり、障害者を外に出そうという傾向がある。しかし、当事者の両親や祖父母ら家族には「こんな身体に生んで申し訳ない」「人目に触れさせたくない」「危ない」との思いから家の中にとどまらせる、という考え方がまだまだ根底にあるように思う。心身が低下して人の手を必要とする高齢者への対応も同様だ。

今の欧米では主体が本人にある。障害があろうとも、高齢で心身機能が低下してきていてもそれは関係ない。どうしたいか、どうされたいか。本人の主体的な意思があり、それをサポートする機器があり、人がいるという構図になっている。

欧米では、社会の中に障害者が自然にいて、分け隔てて考えられていない。たまたま左手が動かなければ義手をつけ、足が不自由であれば車いすで補うなど、機器をうまく使う発想が一般的だ。物理的に段差があれば、近くにいる人が持ち上げてサポートする。さらに人生設計についても他の人と同じように、本人の意思や尊厳が尊重され、働いた対価をもらって生計を立てるという考え方が定着している。

そのため、欧米では"car adaptation(カーアダプテーション、クルマを安全に運転する際に必要な機器を、その人の身体に合わせて最適なものを付ける)"の言葉が福祉車両の代わりに使われている。そして障害のある人が、一般販売されているクルマを運転するために、必要になる機器の製造・販売、それを取り付けるサービスを行う業界が成長しているのだ。一方、完成車を売る自動車メーカーは、福祉車両というラインナップを作って開発や販売を行っていない。

プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

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