コラム

TBS「天気予報の森田さん」の気象哲学──不確実のススメ

2020年06月04日(木)17時05分

COURTESY MASAMITSU MORITA

<ジャーナリスト・久保田智子が、人生についてインタビューする連載コラム。今回は、TBSテレビ「Nスタ」お天気キャスターの森田正光さん。気象解説で、客観的データに自分の見解をちょっぴり加えて語る理由とは>

「久保田さん、俳句で今の気持ちを!」。台本にない質問に焦りながら私は時計を見る。生放送の残り時間はあと5秒だった。えいやと言葉を吐き出す。「俳句って、ああ難しい、難しい!」

1978年、28歳で「最年少」気象解説者としてテレビデビューし、今ではTBSテレビ『Nスタ』で「最年長」のお天気キャスターとなった森田正光さん(70)は、アナウンサー時代の私にとって常に不確実性をまとった共演者だった。

台本に基づきながらも、書かれた言葉にとらわれ過ぎない自由があった。そしてまさにこの特質こそがほかの誰にもまねできない「森田さんのお天気」を創出していた。

森田さんは1950年、愛知県で生まれる。「科学好き少年だった。顕微鏡を買ってもらったり、近所のプラネタリウムに自転車で通ったり」。そんな森田さんに高校の先生は日本気象協会への就職を紹介する。

しかし森田さんは当初は乗り気ではなかったという。「気象なんて学問は好きじゃなかった。科学は合理性の最たるもので、1+1=2の学問。でも気象は1ぐらい+1ぐらい=2ぐらいっていう、きれいに方程式で描ける学問じゃないから」

ところが徐々にその不確実性に引き込まれていく。「気象は分からないということを初めから内包していた。そんな大まかなところをどんどん好きになっていったんだよね」。きれいな方程式でないからこそ、データだけに縛られない自由がそこにはあった。

「天気予報でデータに自分の見解を加えるようにした。例えば、明日の予報は雨なんですけど、本当に雨が降るか僕は疑問に思ってます、とかって。当時(1970年代)の気象協会からは怒られたよ。客観的事実を伝えるのが仕事だから、『思ってる』なんて絶対使ってはいけないって」

ならば客観的事実をと、森田さんは天気にさまざまなものを掛け合わせ始める。「街を観察して、今日は10人中7人が傘を持っていたので降水確率は70%ですね、とか。相撲の勝敗と天気をつなげて解説したり」

一方で、データから離れて自由に話し過ぎると気象解説ではなくなることも学んだ。「子供の頃に伊勢湾台風(1959年)を経験していて、近くの映画館がぺしゃんこになったの。(テレビで)当時の被害について話すはずが、その映画館でやっていたのは石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』と『風速40米(メートル)』の2本立てでしたって言っちゃって。大ひんしゅく(笑)」

プロフィール

久保田智子

ジャーナリスト。広島・長崎や沖縄、アメリカをフィールドに、戦争の記憶について取材。2000年にTBSテレビに入社。アナウンサーとして「どうぶつ奇想天外!」「筑紫哲也のニュース23」「報道特集」などを担当。2013年からは報道局兼務となり、ニューヨーク特派員や政治部記者を経験。2017年にTBSテレビを退社後、アメリカ・コロンビア大学にてオーラスヒストリーを学び、2019年に修士号を取得。東京外国語大学欧米第一課程卒。横浜生まれ、広島育ち。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ紛争は26年に終結、ロシア人の過半数が想

ワールド

米大使召喚は中ロの影響力拡大許す、民主議員がトラン

ワールド

ハマスが停戦違反と非難、ネタニヤフ首相 報復表明

ビジネス

ナイキ株5%高、アップルCEOが約300万ドル相当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    【投資信託】オルカンだけでいいの? 2025年の人気ラ…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story