コラム

「不平等な特権待遇」国会議員の文通費に知られざる歴史あり(2)~GHQ勧告の否定から始まった

2022年03月11日(金)18時00分

GHQの「圧力」を受け議会法改正

昭和21年(1946年)、GHQ占領下における憲法改正作業と並行して焦点になっていたのが「議会法」の改正だった。当時の帝国議会は明治22年(1889年)に制定された議会法に基づいて運用されていた。しかし、議事日程における政府提出議案の優先権や国務大臣及び政府委員の委員会出席意見陳述権を認めるなど、「行政府が議会よりも優先される規定」(政府優先規定)が議会法には存在していた。つまり、国会を「国権の最高機関」と位置付ける新しい憲法改正草案と齟齬が生じていたのである。

そこでGHQは、議会法の改正を行うべく、自前で日本議会の研究を始め、改革案を練り上げるようになる。太平洋戦争における軍部暴走を日本の議会政治が防げなかったことに対する厳しい評価に加えて、トルーマン政権下の当時のアメリカで連邦議会の非効率を正そうという立法府再編の動きが盛んだったことが背景にある。

GHQ民政局では行政課立法連絡係(後の立法課)のガイ・スウォープ、ジャスティン・ウイリアムズ、ガートルード・ノーマン、ミルトン・エスマンらが日本議会の研究を開始し、「日本の議会:組織と手続きに関する手引」や「議会機構と手続きの改革」という文書が作成されたが、この時点ではまだ「通信費」の創設は登場しない。

日本側は他方で、GHQの「圧力」を受けて、政府に「臨時法制調査会」を設けるとともに、衆議院に「議院法規調査委員会」を設置して議会法改正の作業を行うことにした。しかし、日本側の反応はGHQにとって「生ぬるい」内容が多く、議会改革の見通しが不十分であるとみなしたGHQは「最低限の勧告」(Recommendations as a minimum)という形式を取る覚書を作成する。それが、当時40歳のジャスティン・ウイリアムズ(ウィスコンシン大学教授、米陸軍航空隊中尉を経てGHQ入り)が昭和21年9月3日に起草した「新憲法下の議会の諸問題」(Problems of the Diet under the Revised Constitution)という文書である。この中に、

4. Franking privileges will be accorded Diet members for sending through the mail public documents printed by order of the Diet and any mail matter of an official nature. (In spite of objections that will be raised, this is the cheapest and most effective means of educating the Japanese public and various organizations concerning the functions of the national legislature and the views and voting record of their representatives.)

[4. 議会の命令で印刷された公的書類の郵送及びその他の公的な性質を有する一切の郵送を無料化する特権が議員に対して付与されること(この提案に提起される反対に関わらず、これは、国の立法機能及び代表者の見解と投票の記録に関して、最も安価で効果的に、日本国民と諸機関を教育する手段である)]

という勧告案が登場する(出典:国立国会図書館所蔵マイクロフィルムJustin Williams Papers, "Problems of the Diet under the Revised Constitution", JW-011-0092, The Gordon W. Prange Collection, University of Maryland, August 1991. 日本語部分は筆者訳)。

kitajima-web220311.jpg

ウィリアムズが起草した勧告原案(国立国会図書館所蔵マイクロフィルム)
プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ユナイテッドヘルスケアのCEO、マンハッタンで銃

ビジネス

米11月ADP民間雇用、14.6万人増 予想わずか

ワールド

仏大統領、内閣不信任可決なら速やかに新首相を任命へ

ワールド

ロシア大統領、政府と中銀に協調行動要請 インフレ抑
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    韓国ユン大統領、突然の戒厳令発表 国会が解除要求可決、6時間余で事態収束へ
  • 4
    混乱続く兵庫県知事選、結局SNSが「真実」を映したの…
  • 5
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 6
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 7
    肌を若く保つコツはありますか?...和田秀樹医師に聞…
  • 8
    【クイズ】核戦争が起きたときに世界で1番「飢えない…
  • 9
    JO1が表紙を飾る『ニューズウィーク日本版12月10日号…
  • 10
    ついに刑事告発された、斎藤知事のPR会社は「クロ」…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 4
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説な…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story