コラム

習近平が「戦狼外交」の態度を「羊」に改めた背景...中国経済は「国民が豊かになる前に衰退し始めた」

2023年11月21日(火)19時00分

「政治におけるレーニン主義が中国の経済政策を支配」

世界で最も民主主義の歴史が長い英国が香港の希望を尋ねることなく、世界最大の全体主義国家に引き渡したのはなぜかとの道義的な問いは今も消えない。パッテン氏は「鄧小平が台湾のために設計したマントラである一国二制度を香港返還にも当てはめれば機能すると仮定する以外、方法がなかった」と当時を振り返った。

「トニー・ブレア元英首相が後に語ったように『中国はわれわれと似たような国になる』『経済発展、技術発展が必然的に政治的発展をもたらす』という仮定を私自身も少しは抱いていた。韓国やアジア諸国は経済を開放することで中所得国の罠から抜け出した。香港も返還後、中国共産党の干渉はあったものの、(方向性は)大きく変わらなかった」

転換点は習氏の登場だ。「習氏は中国がハイテク企業の成長や環境やジェンダーなどの分野における市民社会の発展によって中国共産党の権威が脅かされるようになった場合、中国をコントロールし続けることができるかどうか、非常に神経質になった。重慶の共産党トップだった薄煕来が指導部に食い込もうとしたことも中国指導部を神経質にさせた」

「われわれは今、ポスト・ピーク中国に対処している。以前は中国の成長はすぐに米国を上回る経済規模になると論じられていた。しかし政治におけるレーニン主義が中国の経済政策を支配している。習氏は民間部門が手に入れた自由を取り上げようと決意し、国有企業が中国経済を支配する。そして不動産セクターは巨大なネズミ講と化した」

パッテン氏は「中国は(国民一人ひとりが)豊かになる前に老いると人々は何年も前から言ってきた。それは本当だ」と断言する。「狼」の本性を今さら「羊」の皮で覆い隠そうとする習氏の変化を額面通り受け取るわけにはいかない。

原油価格が高騰すれば軍事行動に出るウラジーミル・プーチン露大統領と同じで、習氏も中国が成長力を取り戻せば「狼」に逆戻りするのは自明の理だからだ。

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン

ワールド

EU、米と関税巡り「友好的」な会談 多くの作業必要

ビジネス

NY外為市場=ドル小幅高、米中緊張緩和の兆候で 週

ビジネス

米国株式市場=4日続伸、米中貿易摩擦の緩和期待で 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 9
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story