コラム

死ぬために動員されるロシア新兵たち...「現場」は違法行為が溢れる無秩序状態に

2022年10月01日(土)15時22分

クリミア半島とロシア本土を結ぶ「陸の回廊」が完成すれば戦略的な意義は大きい。しかしヘルソンでウクライナ軍に押し込まれているプーチン氏は政治的にこの戦争に勝利する道しか残されていない。4州をいったんロシアに併合してしまえば、領土割譲禁止を明記したロシア憲法に基づき、不人気な部分動員に関して領土防衛のためという大義名分が成り立つ。

プーチン氏は9月21日、国民向けビデオ演説で核兵器による威嚇を改めて行うとともに、予備役30万人の動員を表明した。英国防情報部は29日「プーチン氏が『部分動員』を発表してから1週間で招集を逃れようとするロシア人の国外脱出がかなりあった。2月にロシア軍が展開した部隊全体(推定約13万人)の規模を上回る可能性が高い」とツイートした。

大混乱を極める動員現場

「国外脱出組には裕福な人や高学歴の人が多く含まれる。動員される予備役と合わせると労働力の減少や『頭脳流出』加速による国内経済への影響は一段と大きい」(英国防情報部)。活動停止に追い込まれた露独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ」のジャーナリストによる「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」は部分動員で最大100万人の徴兵が可能だと伝える。

子供の多い父親や持病のある人、すでに招集年齢を過ぎている人が徴兵されたり、医師や他の高度な専門家がライフル部隊に入隊させられたり、動員現場は大混乱を極めている。プーチン氏自身、29日の安全保障会議で混乱を認めざるを得なかったほどだ。こうした「違法動員」は多くの地域で起こり、被害者家族の悲惨な体験は口コミで一気に拡散している。

米シンクタンク、戦争研究所(ISW)は「クレムリンはロシア国民を落ち着かせながら、戦い続けるために十分な人数を動員する困難な仕事に直面している」と指摘する。ウィリアム・バーンズ米CIA(中央情報局)長官は「目標の30万人が動員できても後方支援を確保できず、新しく動員された兵士に十分な訓練と装備を提供することもできない」と言う。

ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ紙によると、ロシアの最貧共和国の一つで、すでに300人近い戦死者を出したダゲスタンでは徴兵制廃止とウクライナに出兵している家族と連絡が取れるよう求める反戦集会が開かれた。抗議の意思表示として高速道路も封鎖された。部分動員とは言ってもダゲスタン共和国の小さな村にとっては「総動員」に等しい。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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